Binh - Noah's Day

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  • 『Noah's Day』はBinhにとってこれまでで最もボリュームのあるソロ作品だ。そして同時に最も気取らない作品でもある。Dreifachからの作品と同じく、今回のトラックもブレがなく、坦々としていて構造的に大きなひねりが加えられることはない。というのもBinhのトラックにはそうした必要がないからだ。彼はそれに代わって延々とトラックの勢いを容易くキープする見事なベースラインを組む術を心得ている。ベースラインは循環しているような印象ながら、歯切れがよくメロディアスで全体のムードを生み出し支えている。それが特に分かるのが表題曲と"Vonnbo"、そして、"Vega"だ。表題曲はシンコペートするベースがメジャースケールで組まれ、微かなパッドとまとわりつく極上のメロディによってララバイのような切ない空気の中へもぐりこんでいく。展開としてはベースとビートが抜き差しされ、アシッドフレーズが軽く施されるくらいだ。それにもかかわらず7分が経過してもグルーヴは弱まることなく、リスナーを惹き込むムードが消え去ることもない。 "Noah's Day"が落ち着いた印象である一方、"Vermo 80"ではBinhの嬉々とした奇才ぶりが披露されている。Onur ÖzerによるEP「Frequent Forrest Turn」の要素がここでも感じられるのではないだろうか? ÖzerとBinhがTreatmentでコラボレーションをしていることを考えれば当然のことだろう。クラップにはロービットならではの粗さがあり、SP-1200特有の粗放なエイリアスノイズが乗っている。一方、多数の微かなシンセフレーズが組み合わされ、奇妙にピッチ加工されたサウンドへ変化していく。"Bado"はDreifachから発表された"Zweifach"と一緒に制作されたのではないかと思いたくなるトラックとなっており、フィルターとエコーのかかったハイハットや2小節ごとに起伏するシンセが共通している。崩したキックパターンとメジャーキーのシンセによって比較的アップビートな感覚が生まれている。このトラックでも素材特性により、リズムパターンをほとんど変化させることなく、シンプルにリズムの強度に沿った構造が実現している。 『Noah's Day』らしさを最も体現しているトラックを1曲選ぶなら、それは"Vonnbo"だ。この曲を形容するのに"トラックもの"という言葉では足りない。大きな展開が一切ないからだ。一方で大部分にわたって魅力を放っているのがベースラインであり、容赦のない乾いたハットとクラップの下で着実に上昇していく。ベースの音程が1オクターブをまたいで変化する場面があり、こうした音数の少ないトラックだと非常に大きな変化となっている。トラックがしばらく進行しても、さえずるようなシンセが滑り込んでくるくらいで、それ以外にはとりわけ取り上げるような展開がほとんどないのだが、過激に音数を減らし、そこへベースラインを組み合わせることで特徴的なリズムトラックが実現されている。”Vega"にも同様の効果的なベースラインが組まれており、さまようようにスケールを動き回っている。そしてその背後ではローパスフィルターをかけたパッドをメロディが引き立てている。それと比べると展開多めに感じられる"Urfa"は柔らかく心の琴線に触れてくる。パッドによるメロディも効果的で、とりわけ印象的なのは引き伸ばした低音がトラックに加わるときだ。他の収録曲と同じく、標準的なハウス/テクノよりも少しテンポが速く、遅くてもBPM130となっているので、エレクトロや速いテンポのジャンルと相性がよさそうだ。 先日発表されたSpacetravelの2枚組のように、『Noah's Day』の一貫性は最大の強みであると同時に弱みにも成り得るだろう。それは気軽に作品を聞くだけなら気にも止めないことなのかもしれない。しかし、収録曲内部のシンプルさがよりディープでニュアンスの効いたものであることは、ダンスフロアでじわじわとミックスされるトラックを聴かなければ分からない。Binhは自分のトラックに何を求めるのかを理解した上でそうしたサウンドを迷いなく追い求めているようだ。
  • Tracklist
      A1 Noah's Day B1 Vermo 80 B2 Vonnbo C1 Urfa D1 Vega D2 Bado