Roman Flügel - All The Right Noises

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  • 文化人類学者のMarc Augéはホテルや空港を"ノン・リュー"、すなわち、"場所ならぬ場(非・場所)"と呼び、「人々が常にくつろぎ、そして決してくつろげない場所」だとした。世界をツアーするDJ、Roman Flügelはおそらくクラブや自分のスタジオで過ごすのと同じだけの時間をこの非・場所で過ごしている。フランクフルトを拠点に活動する彼が言うには、Dialから3枚目となるアルバム『All The Right Noises』はそういった環境から産まれたものものだそうだ。とりわけ本作の要となっているのは、ギグとギグの間に宿泊するホテルでの孤独な時間や、平穏と隔離が奇妙に混ざり合った感覚だ。 Flügel以前にも、この非・場所をテーマにしてきたミュージシャンはいた。例えば"Fantasy"序盤の物憂げなトーンには、Brian Enoによる『Music For Airports』からの影響が表れている(本作にはピアノによるアンビエントトラックが別に2曲収められている)。"Geht's Noch"の軋むテクノを制作したことで最も知られているであろうFlügelがこうした内省的なムードを取り扱ったのは、今回が初めてではない。2014年の『Happiness Is Happening』では、表面下で渦巻く不穏な空気によってそのアルバムタイトルに多義的な印象が生まれていたし、今年にはEP「Verschiebung」も発表された。"排除"と訳される"Verschiebung"は『All The Right Noises』の儚さの中にある、ほろ苦い感覚をまさに言い表すものだ。 溌剌としたトラック"Dust"を除いて本作の収録曲に共通しているのは、Flügelの初期作品や「Monday Brain」のような近年のレコードで聞くことのできる磨き抜かれた輪郭ではなく、「Verschiebung」の抽象的な構造だ。そして、本作のビートはダイナミズムではなく意識をかき乱す効果をもたらしている。"Dead Idols"と"Nameless Lake"は共にリズムを違うスピードで走らせているような印象で、馴染みのない街の喧騒を時差ぼけでさまよっているような効果が生まれている。"How To Spread Lies"のように以前はメロディが至るところで使われていたが、"The Mighty Suns"などのトラックではメロディが遠く離れたところでわずかに奏でられる程度となっている。『All The Right Noises』に焦点のぼやけた場面があるとすれば、おそらく、Flügelがこれまでの構造から解き放たれ、先述の排除的感覚がその一端となっているからだろう。 本作のクライマックスは最後の3曲で訪れる。内省的かつ拡張的な表題曲のギターは飛行機雲のように、にぎやかなビートの上方へ高く上昇し、徐々に消え去っていく。"Life Tends To Come And Go"ではドローンとピアノのバランスが変化することで、不気味さと気軽さの間を行き交う微細な展開が実現しており、何とも言えない感情と共に本作が締めくくられる。そんな曖昧模糊とした『All The Right Noises』でハッキリしているのは、それは極めてパーソナルなアルバムであるということだ。非・場所を探求していく中でFlügelは、その場所を自分の場所に変えている。
  • Tracklist
      01. Fantasy 02. The Mighty Suns 03. Dead Idols 04. Nameless Lake 05. Warm And Dewy 06. Dust 07. Believers 08. All The Right Noises 09. Planet Zorg 10. Life Tends To Come And Go