Martyn - Ghost People

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  • 昨年リリースされた"Left Hander"を聴いたリスナーなら、Martynの創るサウンドが明らかにハウスから影響された「ダーティな」領域に変化しつつあることにお気づきだろう。Martynのデビューアルバム『Great Lengths』で彼が提示したガラージ/テクノ/ダブステップのハイブリッドサウンドはその後多くのフォロワーを生んだが、今回のアルバム『Ghost People』で彼はさらに先へ進んでいる。歪んだブレイクビーツ・ハウスにはもはや彼の初期作で聴かれたようなエレガントさがほとんど削ぎ落とされ、タフなダンスフロアー・トラックがずらりと並んでいる。サウンドはほとんど骨組みまで削られ、ひりひりするようなシンセとザラついたメロディに潜むロウな感覚がこれまで以上に横溢している。 このアルバムはBrainfeederからリリースされるが、その理由はこのアルバムからの最初のシングルカットでもある"Masks"を聴けば瞭然だろう。このトラックはMartynのドラムンベース時代からを含めても最もルーディなテイストを含んだトラックで、ゴツゴツとした質感のメロディがアルペジオを撃ち落としながら岩肌を転げ落ち、やがて明瞭なメロディがトラックを支配する。そのカップリングであった"Viper"は2分間の短いトラックだが、まるでMartynが自分のマシンを砂利石の中に埋めて鳴らしているかのように埃っぽくザラついたサウンドが聴こえている。しかしこのシングルカットされた2曲はいわばフェイントのようなもので、アルバム全体がこの2曲のようにスモーキーなものかと思えばさにあらず、"Distortions"や"Popgun"のように(少しだけ)わかりやすいトラックもある。ラフでぶっきらぼうなところは相変わらずだが、BPMは速まっている。"Popgun"の古ぼけたブレイクを注意深く聴けばそれがジャングル/ドラムンベース時代を彷彿させていることが分かるし、"Twice As"は埃っぽいながらも2ステップ的な跳ね感がしっかりと主張している。しかし、もちろんこのアルバムは澱んだサウンドやブレイクビーツ的構造がそのすべてではない。アルバムのタイトルトラックは昨年のシングルからは考えられないほどの変化が施されているし、アルバム終盤の"Horror Vacui"ではまるでマーチングバンドにバウンシーなリズムが入り込んでいるようで、モノクロームな質感も相まって非常に興味深いトラックに仕上がっている。 9分間にもおよぶ大作 "We Are You In The Future"はまさしくアルバムの最後を飾るにふさわしく、このアルバム全体の抑制されたムードを端的に象徴している。レイブ期を思わせる、包み込むようなシンセの音色は素晴らしく、やがて破壊的なブレイクビーツがせり出してくる。Shedが好き勝手に暴れたような印象も受ける。少なく見積もってもこのトラックのクライマックスは3度現れるが、Reese(Kevin Saunderson)風のベースラインはとにかく強烈だ。同時に、彼のドラムンベース期がはるか昔の彼方に去ってしまったことを確信させる。このトラックはアルバムの最後を印象的に締めくくる。控えめに言っても、彼の持つ驚くべき多様性がもっとも顕著に現れたトラックであろう。 プレスリリース中のインタビューでMartynは「バック・トゥ・ルーツ」と語っている。サウンド自体はどこをどう聴いてもMartyn自身の独創性に溢れているので、そこからレイブ、ガラージ、ハウスといった要素をそれぞれ抽出するのは難しいかもしれない。今回のアルバムには『Great Length』で聴かれたような目の覚めるようなイノベーションは無いが、その分このアルバムには彼の自信が漲っている。このアルバムでMartynはハウスミュージックに接近し、それを完全に咀嚼しているのだが、アーティストとしての最大限の集中力をもってその個性を保っていると言えるだろう。