- 30年近くにおよぶ活動の中、絶え間なく変化を続けるThe Orbのサウンドに通底する要素がひとつある。それは霞むような幻想的アンビエンスだ。そのアンビエンスは影を潜めていることもあるが、大抵の場合、ブランケットのように音楽を包み込んでいる。そして、The Orbで長年活動してきたメンバーのAlex Pattersonがそうした蒸気のような雰囲気に対する嗜好を極限にまで押し進めたのが、今回の『COW / Chill Out, World!』だ。かつて活動を共にしていたThomas Fehlmannと再び手を組んで実現したフル・アンビエントアルバムであり、低域の効いたキック的要素はほとんど使われていないながら、ここ数年で最もThe Orbらしい作品となっている。
アンビエントミュージックは上手く制作されていないと薄く消え去ってしまうことがある。しかし、PattersonとFehlmannのふたりはそうした危険を問題なく回避できる卓越したプロデューサーだ。本作の制作では5回しかセッションが行われておらず、少数の音源だけが使われており、フィールドレコーディングや、チャリティショップで売られていたレコード、ライブなどの素材がトラック上にフェードイン/アウトされる。このアプローチにより、『COW / Chill Out, World!』には一般的なアンビエントミュージックに欠けている親しみやすさが生まれている。"Siren 33 (Orphee Mirror)"のマイナーコードで鳴らされるドローンには、左右非対称の金属音や低域の鼓動が打ち付けられ、暗く不気味な海の景色が想起される。一方、"Sex Panoramic Sex Heal)"の弦を爪弾くような即興はもっとトロピカルな海辺の光景を思わせる。そして、精密さに亀裂を入れた"7 Oaks"は都市環境のめくるめく景色を見せてくれる。まるでひび割れたガラス越しに街の景観を眺めているかのようだ。
アンビエントミュージックの制作は他にも危険をはらんでいる。この音楽は飾り立て過ぎると、すぐにうんざりするサウンドになってしまう。『COW / Chill Out, World!』の大部分はいい意味でやり過ぎているが、中には際どいトラックが数曲含まれている。汽笛の音と市民ラジオの談笑によるオープニングから始まる "9 Elms Over River Eno (Channel 9)"は、Edvard Griegの"Morning Mood"をThe Orb流に解釈したトラック、といった印象だ。ラストトラックの"The 10 Sultans Of Rudyard (Moo Moo Mix)"ではアンビエントミュージックで最もありきたりなアレンジである、鳥の鳴き声が使われている。しかし、先述の脈打つ汽笛の途中、柔らかく鼓動するベースラインと小刻みなパーカッションにより、牧歌的な幻想空間に必要な躍動感が与えられている。一方、ラストトラックでは洗練された優雅さが鳥の鳴き声を場違いな印象にしている。『COW / Chill Out, World!』ではThe Orbが自らのサウンドの本質部分を解体し、これまで明かされていなかった輝きが提示されている。
Tracklist01. First, Consider The Lillys
02. Wireless Mk2
03. Siren 33 (Orphee Mirror)
04. 4am Exhale (Chill Out, World!)
05. 5th Dimensions
06. Sex (Panoramic Sex Heal)
07. 7 Oaks
08. Just Because I Really Really Luv Ya
09. 9 Elms Over River Eno (Channel 9)
10. The 10 Sultans Of Rudyard (Moo Moo Mix)