- フランスのClaude DebussyとMaurice Ravelが1889年のパリ万博でジャワのガムラン演奏を目の当たりにして以来、西洋の人々はインドネシア音楽によるきらめく異世界の音色に魅了されてきた。当初の文化交流から現代の電子音楽(Steve Reichの『Music For 18 Musicians』からAutechre、Four Tet、Aphex Twinまで含む)にいたるまでを結びつけるテーマがあるため、George Thompson(Black Merlin)がバリを旅して現地録音をしたとき、そうした前例を利用して、叩かれるガンザやケトルゴングに電子音を付け足すだけにしてしまうことも容易にできただろう。
彼のファーストアルバム『Hipnotik Tradisi』で素晴らしいのは、インドネシアに期待するサウンドを提示するのではなく、そこからさらに深い場所へ突き進んでいることだ(同アルバムはIsland Of The Godsのバリ録音シリーズの第一弾となっており、このシリーズにはTim GoldsworthyやYoung Marcoらも参加している)。ガムラン特有の鼓動は"Somewhere In Ubud"の途中まで登場しない。同トラックではその後に短い笑い声が続き、再び暗闇が訪れ、ゴングの音色が不気味な喉歌と絡み合う。その低く唸るサウンドがフックとして使われている"Reef Play"は、本作で最もクラブフレンドリーなトラックだろう。
うだるような気候の中を動き回るときと同じく、本作のペース配分も適格だ。各サウンドがゆっくりと這っているので、電子音の有機的なテクスチャーが混ざり合う時間が生まれている。大部分においてThompsonが好んで使っているのは、葉のかすれる音、雨音のパーカッション、彼方の波音、過ぎ去るモーターバイクなど、バリのじっとりとした濃厚な空間を再現するサウンドだ。"Surrounded Peace"はそうしたサウンドから構築されているが、容易なトラックでは決してなく、まるでジャングルが真夜中に呼吸しているかのように、非常に小さなサウンドの向こう側から威嚇的な鼓動が聞こえてくる。"Sepeda Kumbang"は本作で最もガムランに近い印象である一方で、遅くしたテクノのようにも感じられる。"Time In Motion"のようなトラックでは脈打つペースが速くなり、コオロギの金属的な鳴き声と、加工したパーカッションの甲高いサウンドの区別が難しくなっていく。
『Hipnotik Tradisi』の流れの中では、本作のペース配分とディテールに対する配慮はDemdike StareがVoices From The Lakeを演じているようなサウンドを思わせる。そしてそれはBlack Merlinが単にトロピカルなサウンドを取り入れたアルバムを作るのではなく、未開の道を選んだことを物語っている(トロピカルなサウンドは現在、ポップミュージックとダンスミュージックの両シーンに浸透しつつある)。低域のとどろき、変形したシンバルの音色、そして、ひどく威嚇的な鳥の鳴き声がひとつに融合する”Layang-Layang"のような不穏なハイライトでは、ジャングルの熱気が感じられるにもかかわらず、恐ろしく背筋に寒気が走る。
Tracklist01. Surrounded Peace
02. Wave
03. Somewhere In Ubud Part 1
04. Somewhere In Ubud Part 2
05. Sepeda Kumbang
06. Time In Motion
07. Tutur
08. Layang - Layang
09. Fire Dance
10. Reef Play
11. Totek And Tim
12. Waiting For The Horn
13. Flight EK - 0358
14. Voyage