Inner Science - Living Ambient

  • Share
  • アンビエントを起点としながら、音像をおぼろげにすることでソリッドなビートと見事なコントラストを描いた『Self Figment』。必要最低限の要素にまで削ぎ落したサウンドデザインで、凛とした静けさの漂うサウンドスケープの一部として機能する『My Little Ambient Melodies』。その対極に位置するかのように、豊かなテクスチャーを自家薬籠中の物として変幻自在のエレクトロニックミュージックを実現した『Here』。サウンドコラージュを通じて、違う角度から自らの音楽性を表出させた『Assembles』。ここ数年のInner Scienceによる作品を聞くと、その多様なサウンドの在り方に気付く。サウンドデザインにおける彼の語彙はリリースを重ねるごとに増していき、その表現の幅も拡張し続けている。最新作となる『Living Ambient』は『My Little Ambient Melodies』に比べて非常に動的で、ノンビート作品にもかわわらず、空間全体がうねるようなダイナミクスに溢れており、みずみずしくきらめきを放つ電子音からは新たな表現力を獲得したInner Scienceの姿がうかがえる。 その点が顕著に表れているのが6曲目だ。LFOによって大きく揺らぐ空間に多様な電子音のせせらぎが流れ込み、リスナーの意識を丸ごと飲み込んでいく。揺らぎの間隔が短くなった11曲目にも同じアイデアが取り入れられている。本作は単なるアンビエントの作品集ではなく、リスナーの意識を引き付ける主張力と存在を感じさせる場面が数多く点在している。5曲目の中盤に訪れる、ビートのループを高速再生したようなサウンドや、10曲目の加速していく緊張感などは、環境の一部というよりも環境から何らかの意図を持ってリスナーという対象に向けて発信されていて非アンビエント的だ。一方で無音に近い状態にまで静まり返る場面(10曲目の後半など)では、『My Little Ambient Melodies』で見せた引き算のアプローチを感じさせる。こうした場面では聞き手側の意識しだいで聞き取る音が異なってくる。かすかな音の変化を楽しむ人もいれば、音無き音に耳を傾ける人もいるだろう。 本作では動的な要素があることによって静の部分が際立たっている。その意味で『Living Ambient』は『My Little Ambient Melodies』の静謐とした世界が『Here』の躍動感によって鼓動した作品だ。本作では『Here』のときのようなビートは使われていない。しかしそれに代わって空間全体に揺らぎを加え、大きなうねりを生むことでInner Scienceがこれまで紡いできた音楽に異なる深みを与えている。そのサウンドは彼がこれまでに発表してきた作品を土台としていながら、いずれとも異なる表情を見せている。それこそまさに彼の成長の記録なのだろう。
  • Tracklist
      01 Track 01 02 Track 02 03 Track 03 04 Track 04 05 Track 05 06 Track 06 07 Track 07 08 Track 08 09 Track 09 10 Track 10 11 Track 11 12 Track 12 13 Track 13
RA