• Share
  • 多くの素晴らしいアーティストと同様、TJ Hertzも自分自身に納得することは滅多に無い。彼の初期作品を例に挙げてみよう。「Objektの"CLK Recovery"が9分25秒にわたって展開する過程は、まさにスリリングと呼ぶにふさわしいものだ」これはRAにて2011年にトップ50トラックの1つに選ばれたHertzのセカンドEPのAサイドに対するコメントだ。「Objektのサウンドデザインは既に抜きん出たクオリティを誇っている」とはPhilip Sherburneによる「Cactus」のレビューでの言葉だ。彼は"Cactus"を「まるでリトル・ショップ・オブ・ホラーズの植物のようなどん欲なトラックだ」と形容している。しかし一方のHertz自身はというと、それほど熱が入っていないようだ。「ただ単に藁をもすがる思いでした」と彼はAngus Finlaysonに最近のインタビューで語っている。「今思えば、僕は教科書どおりにやろうとし過ぎていたんだと思います。でもそのやり方が僕に合うことはこれまで一度もなかったですね。」 俄かには信じがたい話だ。Hertzがいちアーティストとして確信を持っていないように聞こえたことなど無いからだ。しかし『Flatland』を聞いていると、彼という存在がどこからやってきたのかを理解していくことになるだろう。Hertzのデビュー・アルバムである本作は様式的な束縛から解き放たれたものであり、彼の初期作品を保守的な響きにしてしまうほどだ。カバーに描かれた合成物がベクトル上で展開する回転のように、そのギラつくサウンドは複雑に絡み合っており抽象的なのだが、同時に奇妙な心地よさを持つ質感がある。理解することが困難なまでに豊富なディテールとなっている一方、展開するごとに異なる様相を見せており、リスナーに対して非常に気前がいい。 『Flatland』でリード・パートとしての役割を担っているのはサウンド・デザインだ。信じられないくらい鮮烈でありながらサウンドの色彩は完全に人工的であり、"Dogma"での単独ドラム・ロール以外はこの世界に実在するどの楽器にも似通うことはない。これはドラム・サウンドの大部分にさえあてはまる。本作を聞いていくにつれ、真っ白な研究室が心に思い浮かぶ。生命の気配は一切なく、あるのは点滅するスクリーンと、モーターの回転音や機械の駆動音が響き渡るのみだ。"One Fell Swoop"でのメトロノームのようなブリープ音を聞いていると、コンソール上で赤い電球が点滅している風景を想像せずにはいられない。 本作が卓越しているもう1つの点はその構造だ。完全に従来のそれとは異なっているが、リスナーの心を掴んで放さない直観的なロジックに従っている。"Agnes Revenge"の衝撃で始まり、"Cataracts"の嘆息で終わる。そしてその途中はワイルドに蛇行しているのだ。いくつかのトラックはBPM140以上にまでテンポが跳ね上がることもあれば、"Dogma"のようにBPM91でがっしりと歩を進める時もある。トラックを個別に見ると一見即興的で変わった方向性なのだが、アルバム全体で見ると時折、同じ場所に戻ってきている場面がある。前述した"One Fell Swoop"でのメトロノーム的なブリープ音は"First Witness"でも繰り返されており、"Agnes Revenge"で使われていたサウンドによる衝撃波は"Agnes Apparatus"でも聞くことが出来る(昨年のトラック"Agnes Demise"でも同様のサウンドが用いられている)そして他にも細かな残骸が全体を通じて何度も再登場してくるたびに、そのサウンドは少し異なる形へと変化している。 脳にガツンと来るサウンドかもしれないが、『Flatland』は従来の音楽を破壊するためこうしたアレンジを試みたわけではない。大胆でおそらくアヴァンギャルドですらあるのだが、最初から最後まで大音量かつ劇的でチェア・ダンス的な楽しさがある。Hertzは正確に言えばテクノ・プロデューサーではないが、エクスペリメンタル・アーティストであるわけでもない。彼が究極的に目指しているものがクラブでの機能性以外にあるとするならば、それはスリリングかつ体内に直接訴えかけるリアクションを喚起することだと言えるだろう。つまり、体を動かしたくなってくる何かなのだ。彼は知能派であるふりをするために従来型の音楽を拒絶しているのではなく、従来型の音楽は彼にとって不自然に感じられるだけなのだ。Hertzはストレートなテクノを制作するのが大変だと話している。しかし、その代わりに彼が生み出すのは絶対的なキラー・トラックなのだ。
  • Tracklist
      01. Agnes Revenge 02. One Fell Swoop 03. Ratchet 04. Strays 05. Agnes Apparatus 06. Dogma 07. First Witness 08. Interlude (Whodunnit?) 09. Second Witness 10. One Stitch Follows Another 11. Cataracts