Native Instruments - Traktor DJ for iPad

  • Share
  • RAの過去数年のNAMMショーについての記事を読んでいる人ならば、業界をリードする企業のひとつであるNative Instruments(NI)の名前がそこになかったことに気づいていただろう。NIはアナハイムで出展ブースを構える代わりに、戦略的にそのタイミングに合わせてティーザーを発表することに力を入れていたのだ。昨年はグリッドベースのコントローラー、Traktor Kontrol F1のカラフルな映像を発表したNIは、今年はシンプルにiPadを持つRichie Hawtinの姿を捉えた映像を発表したが、その手に持たれていたものがTraktor DJのiPadバージョンであることが明らかにされた。NIは殆ど全てのエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーのスタジオに何かしらの製品が導入されているような著名なメーカーであるにも関わらず、これまでiOS対応のアプリはひとつしか発表していなかったのだが、ここへ来てついにプロフェッショナルなDJブースの中心となるようなアプリを発表したことになる。 まず技術的な部分から見ていくと、Traktor DJは他の多くのアプリと同様、iOS6に対応しているiPad 2以上が推奨されている。尚、全てのトラックはiTunes経由でロードされる必要があるため、他のアプリが数多くインストールされているiPadを使用している場合は、Traktor DJ用に新たに空きスペースをiPad内に設ける必要があるだろう。またTraktor DJはCore Audioをサポートしているため、iPad Camera Connetion Kit経由でNI Audio 6やAudio 10などのオーディオインターフェイスを使用することができるが、もしiPadのヘッドフォン端子を使用したい場合は、シグナルを左右に振り分けることができるため、オーディオスプリッターケーブルだけでDJプレイを楽しむことができる。ちなみにこの方法ではミックスのアウトプットがモノラルとなるが、大抵のクラブのサウンドシステムはモノラルで組まれているため、問題にはならないだろう。 トラックを用意し、Traktor DJを立ち上げた後は、NIの優れたユーザーインターフェイスのデザインに注目したい。Traktor DJのユーザーインターフェイスはディスプレイ上のピクセルが見事に全て使いつくされており、全く無駄が無いデザインになっている。ヴァイナルが回転している様子が表示されるような大抵のユーザーインターフェイスとは異なり、タッチスクリーンの利点が活かされているデザインのTraktor DJは、Traktor Proと同様の波形表示がディスプレイの大半を占めており、指先だけで直感的且つ未来的な感覚でトラックを扱うことができるようになっている。ループやキューポイントの設定、トラック上の移動やループスライスのトリガーなども簡単な動作で行うことが可能だ。 2つのデッキには独立したEQとエフェクトパネルが備わっており、これらはディスプレイの右側に位置するボタンからアクセスすることができる。これらのコントロールはトラックの波形の上に重なるように表示される。尚、EQパネルには典型的な3バンドのディレイとヴォリュームフェーダーが備わっており、マルチタッチ対応のスライダーでコントロールできるため、1本の指で数値を維持しながら、もう1本の指で別の数値へと変化させることができる。EQにはフィルタータブも備わっており、XYパッドを使ってTraktor Pro(またはTraktor Kontrol Z2)と同様のパワフルなフィルターをかけることも可能だ。また各デッキには3つのエフェクト用スロットが備わっており、Traktor Proのユーザーにはお馴染みのディレイ、リバーブ、ローパス、ハイパス、フランジャー、ゲート、Beatmasher 2、デジタルLo-Fiが組み込まれているが、Traktor Proとは異なり、同時に使用できるスロットはひとつとなっているため、あるエフェクトを使用すると、その時にデッキ上にアサインされているエフェクトはオフとなる。ちなみに大半のエフェクトはTraktor Proのそれと変わらないハイクオリティなものだったが、テストの時点ではリバーブに物足りなさを感じた。しかしリバーブはCPUへの負担が大きく、またiPadという限定された環境を考えれば、これは仕方のないことだろう。この先発表されるTraktor DJに高性能のチップが搭載され、iPadに対してより優れたアルゴリズムが可能になることに期待したい。 Traktor DJにロードされた各トラックはTraktor Proと同様の波形表示をするためにアナライズされ、ビートグリッドが検出される。しかしTraktor DJは音程(キー)の検出にも対応しており、トラックのアナライズが終わると、テンポの横に音程も表示されるようになった(ただしOpen Key Notation方式になるため、トラックによっては不正確な場合がある)。尚、NIはこの新機能をフル活用しており、現在プレイされているトラックにマッチするテンポまたは音程のトラックが表示されるようになっている他、テンポやアーティスト、アルバムやジャンル別に加え、音程でのブラウズも可能になっている。これは今後Traktor Proに搭載される可能性が高い機能であるが、今回Traktor Proよりも先にiPadアプリにこの機能が搭載されたことは驚きと言えよう。 Traktor DJのアナライズエンジンは他のライバルソフトと同様に強力なものであるが、トラックによっては手動でビートグリッドの問題を修正する必要がある。Traktor Proではマウスを使って修正するため、やや厄介な印象があったが、NIはiPad向けに見事な解決策を示している。今回のTraktor DJにはこのような問題を修正するための専用のモードが用意されており、トラックはプレイ中にタップすることでテンポを、そしてビートに合わせて点灯する4小節のグリッドに波形をドラッグして合わせることでトラック全体のビートグリッドを修正することが可能だ。またこうして行ったビートグリッドやキューポイントの修正は、Dropbox経由でTraktor Proにも反映させることができる。しかし、この作業にはいくつか注意する点があり、例えば、Traktor DJは複数のiOS機器の同期に対応しているものの、Traktor Proは1台しか同期させることができない(この点についての説明や制限についてはここで詳しく説明されている)。 では実際にTraktro DJを使ってみると、まずデッキにテンポ用のフェーダーがないことに気が付くだろう。このソフトにはそのようなものは用意されていない。そのため、もし手動でビートマッチを行いたい場合は、片方のトラックの同期をオフにして、グローバルテンポ用のホイールを使用してテンポを合わせる必要がある。しかし、所謂「ナッジ」のような細かくずらして修正するような機能は存在しない。以上に説明したようにユーザーが指先でコントロールするという最新テクノロジーをエンジョイしつつ、シンクボタンを使うことでビートマッチよりもミキシングとエフェクトに集中できるという意味においてTraktor DJが最高のソフトであることは言うまでもないが、唯一難点があるとすれば、それはフィルターがEQ及びボリュームとパネルをシェアしているため、同一のトラックにおいてこれらを同時にコントロールすることができないという点だろう。このため、今回のテストではTraktor DJで常にディスプレイ上に表示されているクロスフェーダーが非常に大きな役割を果たしていることを確認することになった。 全体的な印象としては、20ドル(1700円)という価格を考えれば驚きの機能が詰まった製品と言えるだろう。Traktor DJはハウスパーティーやクラブでのプレイにも十分に耐えられるアプリとなっている(クラブの場合は、IPad DJという評価をやり過ごす必要があるが)。しかし、このアプリがプロのDJに対し最も強くアピールする点は、何よりもトラックの準備の簡便さだろう。ツアーで飛び回るDJがiPadを持ち運び、移動中にTraktor DJを使ってセットの準備をしている姿はこれから多く見かけることになるはずだ。同期オプション、新しく搭載された音程検知アルゴリズム、そして簡単なビートグリッド編集などを備えたTraktor DJは、あらゆるTraktor Proのユーザーにとって非常に便利なツールと言えよう。 評価: 価格: 5/5 多用途性: 4.5/5 サウンド: 4.5/5 簡便性: 4.5/5
RA