Matthew Herbert - Bodily Functions

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  • 2001年にリリースされた『Bodily Functions』は、このリリースの4年前に先だってMatthew Herbertが自ら設けた21世紀における音楽制作上の基本マニフェストPersonal Contract for the Composition of Music(Manifesto of Mistakesを含む)に基づいて作られたアルバムだ。つまり、ドラムマシーンやシンセサイザーおよびそのプリセット・サウンド、アコースティック楽器の再現などを一切廃するというある種の信条・信念である。サンプルの使用さえ、他者の音楽からのサンプリングは禁じられ、そのソースは彼自身によるサウンドでなければならない。しかも、そのソースははっきりと明記できるものでなければならないのだ。こうしたマニフェストに基づいて制作されたこのアルバムにおいて、そのリズムは人体のさまざまな部分—肘や肌、歯、骨、そして胎児の発するサウンド—がソースになっている。非常にコンセプチュアルであると同時に、エレガントでディープな作品である。また、このアルバムはあらゆる近道を避けて如何にして純然たるポピュラー・ミュージックを作り上げることが出来るかという本質的な実践でもあるのだ。 "It's Only"や"Foreign Bodies"といったトラックは豊穣かつ音楽的で、どこかディープハウスとスウィングタイム・ジャズの中間のような揺らぎを有している。しかし、手触りの良いヴェルベットのカーテンの裏側を覗くと、目を見張るほどの生々しさでリズムが軋み、ぶつかり合っているのだ。この上なくクールな"You Saw It All"や"The Last Beat"など、出色と言うべきトラックは数多く、それらのタイトル自体だけでも深いメディテーションに誘われる。今もってなお『Boldily Functions』は賞賛すべきアルバムであり、そのフィジカルな完全性はリリース後11年を経た現在もなお新鮮さを失っておらず、アート・インスタレーション作品にも等しい作品としての持続性を見せつけている。 今回のリイシューにはリミックスCDが追加されているのだが、これについては前述のHerbert自身のマニフェストに反しているのでは?と見る向きもあるかもしれない。しかし、件のマニフェストはあくまでも「Herbert個人」に課せられたものであり、彼自身がOKを出したのならばそれは誰にとっても問題ないということなのだろう。とりわけ、この豪華なリミキサー陣の顔ぶれを見ればそれも納得できようというものだ。Herbert自身は"Back to the Start"において彼自身のここ最近の作風に近づけたかのような再アレンジを施している。Richard Devineによる"Leave Me Now"のリミックスは蒸気機関仕掛けのターボ・ファンクといった趣で、"The Audience"におけるJamie Lidellのアプローチはまるで地下室で録音されたモータウン・ソウルのデモのような雰囲気を漂わせている。Matmosは"The Audience"においてLidellとは異なるアプローチを採り、彼ららしいウィットの効いた非常に細かい解体を行っている。Plaidは"Foreign Bodies"をほぼ分子レベルにまで分解して組み直し、Phil Parnellは"Suddenly"をソロ・ピアノ・プレイに置き換えてみせている。Jane's AddictionのPerry Farrellは予想外の人選ではあるが、彼もまた"Addiction"を見事なまでのドラマ性を封じ込めたサウンドに仕立て直している。同じく"Addiction"をより引き延ばしたNobukazu Takemuraによるリワークはまるで角張った粒子状のエレクトロニクスの蛹が見事な蝶となって羽ばたいていくようでもあり、数ある力作リミックスのなかにおいても傑出した存在感を放っている。