Lee Gamble - Dutch Tvashar Plumes

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  • PANというレーベル、そしてそのレーベルボスであるBill Kouligasの執る手法は、まさしく今我々がいる2012年という空気—つまり、素朴な実験主義とアカデミックな前衛性が直感的で肉体的な音楽と新しく予測不可能な出会いを果たしている現在を見事に反映したものだと言えよう。PANからリリースされたNHK'KoyxeN、HeatsickそしてSNDといった人々による作品はシーン全体からみても今年最良のものであったが、ここにきてKouligasはそれらを上回るほどの作品を用意してきた。過去数ヶ月のあいだに、Lee Gambleはまず「Diversions 1994-1996」というジャングルを抽象化し、それまでのPANのレーベルカラーを引き継ぎつつもさらにそれらを高いレベルに押し進めるかのような素晴らしい作品をリリースし、さらに今回『Dutch Tvashtar Plumes』なる新作が届けられたのだ。 これらの2枚のリリースについて最も目を見張るべきは、その断固とした個性と完成度の両立にあると言うべきだ。「Diversions」では衰えや喪失といった記憶の心象風景について深くフォーカスしていたが、このアルバムでは打って変わって前向きなものになっており、Gambleがこれまで手掛けてきた純粋主義者的コンピューター・ミュージック的な領域からは考えられないほどダンスフロアーの機能性に徹したものとなっているのだ。それぞれの個別の瞬間(たとえば、アルバム1曲目の"Skorokhodz"における密かなモデム的ざわめきなど)やその繊細で正確なテクスチャー、グリッチ的な音響工作、鋭敏で無慈悲さを持った複雑な構造が折り合わされたサウンド世界全般において、Gambleがこれまで手掛けてきた作品の系譜が息づいているのは間違いない。このアルバムの魅力は、そうした手法をダンスフロアー的なテクノに対して巧妙に接合している点であり、ともすればひどく陳腐で独りよがりになってしまいかねないそのコンビネーションにおけるリスクを見事に回避しているのだ。 確かに、Gambleがここで披露しているトラックの中には彼の過去作品とそう変わらないものもある。華麗に風が吹き荒れるような"Black Snow"をはじめ、"Overund"での宇宙的な哀調、アルバム最後での荒涼とした"Kuang Shaped Prowla"もそうだ。しかしそれ以外の大半のトラックでは一定のパルスやキックドラム的な音色が導入されており、ここでGambleは多角的な視点からのテクノへのアプローチを実現している。"Barker Spirals"では躓いて屈折したシンセ・パターンを軸にスローに変調した律動を重ね、"Nowhen Hooks"ではドラッギーな展開に転じてシンセが絶え間なく滲んだり渦を巻いたりしている。"Coma Skank (BinocConverge Mix)"ではダブ・テクノ的な軽やかさを持ちつつ、鋭く劣化したかのようなそのシンセ(テープの歪みや低ビットレートのMP3のようなヒス・ノイズが載っている)は力強いパーカッシブな展開の下で崩れ続けるようであるのだが、その危うく異質なサウンドは見事な手腕によってやがて調和し律動しはじめるのだ。 時折現れる予測不可能性もこれらのトラックをより魅力的なものにしている。"Plos 97s"では雷鳴のようなキックとパーカッシブな繊細さが果てしなくうねり続け、印象的な不安定さで視界の中に現れたり消えたりする。根本的に言えば、これもやはりGamble自身の主観的体験としての直感的なテクノへの理解がなせるものであろう。"Tvash Kwawar"での美しくたなびくシンセのパッセージは、リヴァーヴとともに深い沼に沈み込んでいく。しかし、そこに掃射砲のようなハイハットが高域を貫くと、微粒子状のノイズ群を残しながら音像はがらりと変わっていく。これはダンスフロアーでは再現不可能なエフェクトだろうが、それでもダンスフロアーでのピークタイムの体験を実に鋭い洞察力でシミュレートしていると言えるだろう。Gambleのこうしたアプローチはあくまでもテクノにおける外部からの視点であるが、それは決して無視されるべきものではない。
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