Mark Fell - Sentielle Objectif Actualite

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  • Mark Fellがここ最近取り組んでいる彼の鋭敏なサウンド・メソッドをハウス・ミュージックの不完全な定型に落とし込むという試みは、一部のリスナーからは反発を招きかねないものだ。ソロとしても同郷シェフィールドのMat SteelとのプロジェクトSNDとしても、Fellは生成アルゴリズムを用いてダンスフロアーの隙間をことごとく流動的にすり抜けていくような、テクノ独自のフラクタルな形状を顕微鏡でズームしたかのようなリズム・パターンを作り出している。まさしく素晴らしい唯一無二のアプローチではあるが、それは同時に(おそらくは)柔軟な直感よりも冷徹なテクニカル主義に傾きすぎるきらいもあった。 しかし、ここ最近彼が展開しているSensate Focusシリーズ(これまでEditions Megoのサブレーベルから3枚のシングルがリリースされている)では、彼はアルゴリズム的な妙技をいったん封印し、グリッド上に並べられたシーケンスでクリスプでヒプノティックさをはらんだ不安定なループを組み込み、ハウス・ミュージックが根源的に持つスムーズなエッジを有した暖かさを表現してみせている。この『Sentielle Objectif Actualité』に収められているのは、前述の3枚のシングルを彼自身がリミックスしたもので構成されており、またTerre Thaemlitzとのコラボレーションのもと制作された「Complete Spiral EP」のマテリアルを再構築したものも収録されている。Sensate Focusの3枚のシングルに共通していたのは、ディープハウス本来の官能性を彼自身の徹底的な方法論において抽出するという点であったが、いっぽうこのアルバムではFell独自の文法とコンテンポラリーなダンスフロアーとの接点が興味深いかたちで提示されている。 Sensate Focusという名前の由来からして、随分とあけすけだ。Sensate Focusとは、もともとは似非密教的なセクシャル・セラピーの一種で、生殖器の日常的な固定化やオーガズムを全身で体験するべく包括的に研究されたものだ。このアルバムもまさに、整然と並んだトラックごとにそれぞれピークがあるというよりは、散乱した非対称なパターンが絶え間なく転がり、掴もうとすれば逃げていく。まさしくそれはクライマックスのないセックスのような体験に他ならず、ある意味非常にフラストレーションのたまるものではあるのだが、そこにはたしかにドラマチックなピークとは別の種類の、繊細な歓びがある。絶妙なバランスで成り立っているシーケンスは、ちょっとした変化で一気に静寂へと導かれる。"SOA-2"は軽やかで、とめどなくファンクを紡ぎ出しているがそれはまるで皮下で起きている現象のようでもある。"SOA-3"もまた狂気をはらんだ強烈さを持ちつつ、魅力的な浮遊感を持ち合わせている。それはまるでヴィンテージ・フィルムのなかで見る車のようであり、その狂乱的なペースは目に見えざる閾値を突き抜け、やがて穏やかに逆回転していく。 それでも、どこかで均衡が破られる瞬間が用意されているのがFellならではなのだ。Fellが選ぶ音色はつねに危うさを孕んでおり、水晶のような透明さと陳腐なハーシュネスの間をシーソーのようにバランスしている。しかし、"SOA-1"は退屈なシンセ・ドローンを中心に形作られており、それと気付かせないうちにリスナーの内面に侵入してくる。いっぽう、"SOA-4"はあまりにもせわしない印象で、"SOA-6"でのスローダウンされたエナジーとディテールは密教的な地平からは離れたところで一丸となったシーケンスを見せつけている。だが、こうした細々とした粗探しはこのアルバム最良の瞬間に比べればさしたるものではない。アルバム最後の"SOA-7"は本作中最も強力で、タムや性急にフェイジングするコードによって入念に整えられたループは、その極端にいびつなフォーマットにありながら、ハウス・ミュージック本来の多幸感をもっとも端的に表現しているといえるだろう。