Ricardo Villalobos - Dependent and Happy

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  • この『Dependent and Happy』はRicardo Villalobosが近年において手掛けたものとしては最も意欲的なダンス・ミュージックを集めたアルバムだ。いや、もっと正確に言うならば、おそらく最も難解さが希薄な作品と言うべきだろう。難解さが希薄と感じるのは、このリリースのパッケージのおかげとも言えるのだが。ともあれ、ここにひとつの命題がある。人々はことあるごとにVillalobosのことを話題にするが、彼をハウス/テクノ界で最も象徴的な名前(そう呼ぶほかない)たらしめている本質的な理由はいったい何なのだろう?我々にわかっているのは、ここに届けられたアルバムが彼にとって4年ぶりとなるPerlonからのフルアルバム・リリースだということであり、この作品は彼の思考のなかでいま何が起こっているのかを深く窺い知るための材料であるだろうということだ。 彼の歩んできたキャリアを考えれば当然だが、彼が"Dexter"のようなトラックを手掛けることはもうない。このアルバムに収められたトラックにしても、そのどれもがことごとくダンサブルなものではあるものの、Villalobosが手掛けるハウスミュージックは一部のルーマニア勢同様、ミニマルの辺境または彼岸というべき場所から生まれてきている。このアルバムで彼がチャレンジしているのは、オーディエンスに対してではなく、あくまでも彼自身だ。そのチャレンジは彼が以前から語っていた通り、アコースティックなサウンドとエレクトロニックなサウンドの高次での融合だと言えるだろう。それらは痛切な美しさというよりは、強烈な迫力をもって迫っている。 過去4年間、Villalobosは自身のスタジオでモジュラー・シンセでの実験を繰り返してきており、その実験の成果はMax Loderbauerとともに行ったいくつかのライブセットでも実証済みだ。いっぽう、彼がここ最近手掛けているリミックス群はお世辞にも優れたものであるとは言えず、まるで子供が玩具で遊んでいるだけのようなサウンドであったのだが、このアルバムではそうした未熟さがなく、非常に完成されたものとなっている。メロディは丸く、ドラムパターンはするりとみぞおちに入り込んでくる。しかし、昨今のVillalobosの水準に比べると若干短めのトラック構成からは、彼がどうやら自身のヒプノティックなサウンドに対する欲求と、彼のスタジオにある頭部がすっぽりと隠れるほどの巨大スピーカーで彼のサウンドを体験できない我々との間にあったギャップにちょうどいい折り合いを見つけたであろうことが窺える。 『Dependent and Happy』は非常にエナジーがほとばしっている作品だが、そう感じさせる最大の要因はその卓越したドラム・プログラミングにある。過去数年、シンプルな4/4リズムを基調とした作品を展開してきた彼だが、このアルバム中の"Put Your Lips"や"I'm Counting"といったトラックではリズナーをしっかりとそのグルーヴにロックしながら、従来の4/4リズムを大胆に崩して微妙にバランスさせているのだ。そうした不安定さのなか、にわかにハウス・ビート的な要素が浮かび上がると実に深い充足感に満たされる。思わず溜め息が漏れるほどだ。なかでも"Put Your Lips"は出色の出来で、ほぼ意味性を失うまでリピートされたヴォーカル・サンプルはやがて哀調を帯び、そのまわりを徐々に掻き乱すようにリズムが絡んでいく。 とはいえ、それ以外にも「ベスト・トラック候補」は満載だ。"Koito"でのヴァイオリンの霧深いシンフォニーはまるでステレオ空間を縦横無尽に飛び交うようでもあるし、前述の"I'm Counting"は疑いようもなくファンキーだ。また、110BPMのゆったりとしたテンポで泳ぐ"Die Schwarze Massai"やチャイムやチャントがミニマルに絡み合っていく"Das Leben Ist So Anders Ohne Dich"といったダウンテンポ/ビートレス・トラック群も非常に魅力的だ。 音楽的な部分で言えば、このアルバムにはまだまだ語るべきものは幾らでも潜んでいる。その意味深なアルバムタイトルもそのひとつだ。音楽的な部分以外でも、彼がノーベル平和賞を受賞するに値するか否かといった議論も決して馬鹿にはできない。それほど、この『Dependent and Happy』は深遠で濃密なアルバムなのだ。