フェスティバル初日の金曜日の夜には、不思議なテンションがつきものだ。1週間仕事を頑張った後、1日かけて会場までやってきた参加客たちは興奮と疲労の間を行き来する。テントのポールが立てられる前から早くも1杯目のビールが注がれ、翌朝、陽が昇ってからもずっと新しいビール瓶を開ける音が聴こえるかもしれない。

Intrinsicが普通のフェスティバルと違うのは、こういったテンションが皆無であるところだ。大きなDordogne川の水面に反射される月明かりに照らされてうっすらと見える、Parc de Joséphine Bakerの芝生でリラックスする人々はとても穏やかだ。バーではワインと琥珀色のビールが再利用可能の木製エコカップに注がれる。ナイトタイム・ステージではNicolas Lutzが流木の枠に囲まれた低いDJブースにて、座ってプレイする。彼とIntrinsicのレジデントであるE/Tapeは、90年代のエレクトロニカや、バチバチと音を立てるレアなシンセ・チューンを流す。彼らの後ろの建物にはプロジェクション・マッピングされた映像が音楽と呼応して揺れ動いている。ひとつの黒い影が、寝袋やカラフルなビーンバッグチェアでくつろぐ人々の間を縫うように進んでいるのが見えた。手には何か火のついたものを持っているが、マリファナかと思えばインセンスだ。涼しい夏の夜の空気にほのかな香りを漂わせている。

もうおわかりだろうが、Intrinsicは一般的なエレクトロニック・ミュージック・フェスティバルとはわけが違う。ラインナップにはLutzを始めPraslea、Gwenan、Melina Serserといった人気DJたちが名を連ねるが、彼らはダンストラックではなくダウンテンポやアンビエント中心の選曲を行う。プログラムにはDJタイム以外に、ハタ・ヨガやヴィンヤサフロー・ヨガ、ヒーリング・アート、ゴング（銅鑼）瞑想、ヴォイス＆マントラ・ワークショップといったアクティビティが用意されている。

E/Tape, Nicolas Lutz

オーガナイザーによると、このイベントは「夜通し眠らないパーティー」ではないそうだ。彼らの言葉を借りて説明すると、これはただのフェスティバルではなく「実験的な音とビジュアル、そして健康的な心と身体」を祝福する祭典であり、「自然と一体」になり、「社会や都会生活から離れて一息つく旅」であるそうだ。ロンドンで不定期に行われていたこのイベントが、フランスで数日に渡って開催されたのは今回が初であった。「満月で、星も出て、しかも流れ星まで。すべて偶然だった」と、主催者のNathalia Petkovaは後に語っていた。「まるで宇宙全体が私たちと共鳴していたかのように」

Petkovaが言うことには説得力がある。今や世の中全体が彼女の考えとどんどん同調しているように思える。Intrinsicではあえて「well-being（ウェル・ビーイング：心身ともに健康であること）」という言葉が使われているが、世間一般ではよく「wellness（ウェルネス：身体が健やかであること）」という用語が使用される。50年代にアメリカの医学者によって提唱されたその概念は、病気を治療することに重点を置く従来のネガティブな医学とは違った、予防にフォーカスしたポジティブな健康法である。最初に西海岸のニューエイジ運動の一部で取り入れられ、その後アメリカ全土に知れ渡るようになる。21世紀には世界的な巨大産業と化し、フィットネス・カルチャー、ニューエイジ・スピリチュアリティ、自己啓発、原始主義といったムーヴメント・思想を吸収しながら拡大を続けている。ストレス社会に生きる人たちのための睡眠サイクルを記録するアプリから、ジュース・クレンズやグルテンフリー・ダイエットを薦めるフード・ブロガーたち、企業向けのマインドフルネス・プログラム、そしてありとあらゆる場所にあるヨガ教室まで。ウェルネスは、何らかの形で、すっかり私たちの生活の一部になっている。

そしてそういった動きはダンスミュージック・カルチャーにおいても勢いを増している。世界各地でお酒の出さないモーニング・レイヴが開催され、フェスティバル、クラブ、レコード・ジャケットにヨガの影響を見受けることができる。ジムをオープンするクラブもあれば、ダンスミュージックと健康、あるいは精神の覚醒などを組み合わせたイベント作りをする新しいフェスティバルも登場している。

もちろん、ダンスミュージックの世界には昔からヒッピー的思想が存在していた。ここ10年ほどで興隆したいわゆる「トランスフォーメーショナル・フェスティバル」では、レイヴの信念にニューエイジ的解釈が付与された精神が根幹を成す。そして最近ではそれ以外のダンスシーンでも、身体や魂の健康に重きを置くケースが増えている。しかし、今年、お気に入りのフェスがヨガに「冒されてしまった」と嘆くRAのスタッフがいたが、この動きがダンスシーンをつまらなくしていると感じる人も少なくない。彼らはウェルネス運動に関連した思想やアクティビティはダサい、バカバカしい、あるいはダンスミュージック・カルチャーにそぐわない、と感じるようだ。それがなぜなのか、具体的に説明できないとしても。

しかしながら、否定派はすでに少数になりつつある。レイヴを楽しむことと瞑想をすることは相反することではなく、むしろ相性の良い組み合わせだと感じる人が増えている。そして、その組み合わせについて考えることは、変化していく現代社会の中で、ダンスミュージックがどういった役割を果たすべきなのかを考えることにも繋がるのだ。

Petkovaは、自身のウェルネス志向に開眼するまでの変化を「とても不思議な体験だったね。受け入れるのに時間がかかった」と語る。フェスティバルが開催された数週間後、私は彼女にSkypeでインタビューをした。画面ごしに見える彼女の部屋の一角にはスタジオ・モニターが見え、もう一方の窓台には仏の頭が置かれていた。かつては忙しいスケジュールをこなす人気テクノDJであった彼女は、いつしかダンスミュージック・カルチャーに嫌気がさすようになったのだと語る。「ドラッグもやったし、いつもDJをしていたんだけど、そのうち何かがおかしい、何かが足りないような気がしてしまったんだよね」

最初、彼女のフラストレーションの原因はDJとして要求される音楽についてであった。「みんなを楽しませて、踊らせること」に疲れてしまったのだそうだ。そんなときに招待制の不定期イベントとして発足したIntrinsicは、彼女のDJ仲間にとって、エクスペリメンタルな音楽を自由にかけることができる貴重な機会となった。イベントを通じて、彼女はイビサ拠点のスロベニア人DJ、E/Tapeと出会い、彼はその後IntrinsicのレジデントDJになった。そして彼との出会いがきっかけで、彼女はウェルネスの世界に足を踏み入れることとなった。

「私がずっとやろうとしていたことは、内に秘められている自分の心を高めることができる、絶妙なバランスを見つけること。ウェル・ビーイングのアクティビティはこの考え方が基になってる。そのためにヨガをやっているし、ヴォイス＆マントラ・ワークショップもやっている。今後は薬草に関するアクティビティも追加するつもり。ビジュアルも含めて、このプロジェクトで目指していることは、人々にとって少しでも何かに気づくきっかけになること」

「トリップして現実逃避をすることには別の方法もあるんだってことを伝えたい。ドラッグで得られるような作用を、自分を傷つけないやり方で得ることができるってこと。人の行動を制限するような人にはなりたくないけど、例えば私はヨガを始めて人生が大きく変わったし、健康的になったし、食生活も改善されて、煙草をやめて、無意識にやっていた他の悪い癖もやめることができた。そしてこのイベントをやることで変わった部分も大きいんだよね」

ベルリンのベジタリアン・タイ料理屋でE/Tapeに話をきいてみると、彼がなぜPetkovaの心を掴むことができたのかわかる気がした。彼はまるで導師のような堂々とした口調で、歴史や東洋哲学のあちこちから引用して語り、インタビュー後のメールは格言に溢れ、ゴング瞑想とクンダリーニ・ヨガに関するPDFパンフレットまで送付してくれるような人物であった。

「こういった要素をフェスティバルに取り入れたのはとても良いことだと思う」と、彼はIntrinsicのウェルネス・プログラムについて言った。「とくにこの時代において。人は皆、自分たちのエネルギーのバランス感覚を保とうと必死だ。そしてもちろん、誰も情報を伝えてくれなかったとしたら、クスリだとか酒に逃げてしまうのも理解できる。誰だって、何らかの形で、高揚したい。たいていの人は刹那的なハイに身を捧げるが、これには大きなリスクがともなう。最上級のハイに達するにはもっと努力が必要だ。その最上級のハイに達したとき、より自分らしい人間になることができるんだ」

Petkovaと同様に、E/Tapeも一時はダンスミュージックの第一線で活躍していた。2005年にイビサに移り、6年間ツアー・マネージャーとして働いた彼は、Nicolas LutzやBinhといったミニマルの代表格と親しい仲になった。しかし5年ほど前、彼は快楽主義的なその世界と決別することを決意した。彼はそのときのことを「優しく、思いやりを持って」彼女に別れを告げたような気持ちだったと語る。

「ヨガや、瞑想、そしてハーブや薬草を通じて考え方が変わった自分にとって、その世界を離れることは自然のことだったんだ。そしてとてもナチュラルで、エネルギッシュな方法で自分を再発見することができた。今では、何本かミネラルウォーターがあれば、30時間は出かけていられるよ」

Intrinsicのメインプログラムである音楽とヒーリングは、「自分自身の中でトリップをすること」という目的が共通しているとE/Tapeは言う。「ヨガだとか古い東洋の伝統は、そういった形でフェスティバルと共通するんだ。大昔から、東洋の人々はそういったことをやっていたんだ」

ダンスミュージックは古代から続く儀式の新しい形態のひとつであり、人々が集まり、集団でなんらかの形で現実逃避をしようとすることは、太古から行われていることである、というのはよく聞く言説だ。「アンダーグラウンド・ダンスカルチャーはまさにそれだと思うんだ」と、Lucy名義でDJ／プロデューサーとして活動するLuca Mortellaroは言う。「その場の熱気を操るパフォーマーだとか、反復するリズムに何時間も踊り続ける人々を見ると、毎回それを思うね。大昔の儀式とあまり違いはないと思うんだ。強いて言うなら、違うのは使ってるツールぐらいじゃないかな」

Mortellaroがウェルネス・カルチャーと出会ったのは、DJとして人気が出てきた頃だったそうだ。「変化に耐えられなかった。周りの人たちには、“すごいじゃないか。喜ぶべきだ”と言われたけど、実際にはすぐにモチベーションが下がってしまったんだ」

不安症やパニック発作に悩まされるようになった彼は、あるときハタ・ヨガの一種に興味を持った。しかしPetkovaと違い、ヨガと出会ってからもMortellaroはダンスミュージックを離れることはしなかった。

「ヨガが毎日の習慣になったんだ。東京でも、ニューヨークでも、サンフランシスコ、ローマ、ベルリン、世界のどこにいようと、何も変わらない一定のものがあることが心を落ち着かせたんだ。そしてヨガは自分の音楽キャリアにシナジーをもたらした。週末にはDJに全力を注いで、平日はヨガに集中することでバランスをとることができた。それをやることで、一種の孤独感に苦しまなくてすむようになったんだ」

ヨガに救われているDJはMortellaroだけではない。Roman Flügelはヨガを「カオスな週末に対して平日を穏やかにする良い方法」と話す。音楽アーティストの生徒を多く持つヨガ・インストラクターであるXosarは、RAのMark Smithとのインタビューにて「生徒たちは一日中制作をしているせいで体の節々が痛いと言うことが多い…。だから最近の私の仕事は、彼らの身体のヒーリングを手伝い、クリエイティブな作業をしている間に身体を痛めつけてしまわないようにすること」と話している。RA ExchangeのインタビューにてMonika Kruseは、毎年2ヶ月間休みをとり、Panchakarmaというインドの伝統的なデトックス療法を行うと語っていた。「それをやることで、1年間頑張れる」と彼女は言った。彼女いわく、Sven Väth、Dubfire、Richie HawtinやMagdaも似たことをやっているそうだ。

「朝起きて歯を磨くこと、ぐらいの習慣になっているよ」と、Tony Childはヨガについて言う。Surgeon名義でDJ／プロデューサーとして活動する彼は、20年に及ぶキャリアにおいて、世界を股にかける音楽家としてのライフスタイルがもたらす困難に立ち向かってきた。10年ほど前に健康診断で腰痛などの症状が今後悪化する可能性を告げられたとき、彼はアシュタンガヨガを始めたのだと言う。しかし最初は懐疑的だったそうだ。「僕はあまり運動を好まない。しかし初めてセッションを体験してみたとき、すぐに興味を持った。身体的にというよりは、自分の精神状態の改善にすごく効いたと感じた」

「睡眠障害に苦しんでいたんだ」とChildは言う。そして歯を食いしばるあまりに「歯科医にそのうち歯が抜け落ちるだろうとも言われた」そうだ。しかしヨガは両方をすぐに治してしまった。「精神的な面では、随分と落ち着きを手に入れることができたと思う。ストレスが一切無い生活を送るのは不可能だけど、ストレスとの付き合い方が改善したんだ。ギグに関しては、これまで以上に集中力を持続させることができるようになった。そのおかげで僕のパフォーマンスは随分よくなったし、前よりも楽しめるようになったと思う」

そしてヨガを始めたことで、以前から続いていた飲酒問題と向き合うこともできたのだと彼は言う。「こういった活動をしていると、常にドラッグやアルコールが周りにある環境にいることになる。別にそれは問題ではないんだけれど、やりすぎてしまってポジティブ面よりもネガティブ面が勝った状態になると危険だ。酒をやめてからもう7年経つ。おかげで体調はすこぶる良いよ。その決断をする強さをヨガはくれたんだ」

Childはヨガと音楽活動を直接結びつけることはしないが、Mortellaroにとってそれは違和感のないことのようだ。2014年に彼は、ヨガ指導者のAmanda Morelliと共にBody Echoesというパフォーマンスを披露しているが、これは「伝統的な東洋呼吸法とフィールド・レコーディング、そして音響の空間ダイナミクスを主軸とした超越的パフォーマンス」と表現されている。そして彼は数年前からベルリンで「サウンド・バス（音浴）瞑想セッション」を定期的に開催している。

夏の終わり頃、私はベルリンのノイケルン区のアパートの一室にあるヨガスタジオでそのセッションに参加してみた。入り口で靴を脱いで入ると、常連と思われる人たちが給茶器の周りでおしゃべりをしていた。セッションの内容は、私が以前参加したことのあるヨガクラスと似た構成であった。参加者はマットや円柱型のクッションに座り、皆で一斉に「om（オーム）」と唱える呼吸法で始まり、最後も同じ呼吸法で終わる（部屋中に大量の怒った虫が飛んでるように聴こえる瞬間もあった）。そして全員がゾーンに入ったころに、いよいよ音浴セッションが開始される。主にお洒落な20代から30代くらいの男女で構成されていた参加者たちは、色とりどりのブランケットをかけて横になった。Mortellaroは2つの大きなゴングを叩き、豊潤な、ときには耳をふさぎたくなるほどの轟音を響かせた。

参加客の雰囲気、クッションやブランケット、瞑想的な音色。それはIntrinsicでの体験と似た感覚があった。違いは、ここではヒーリングがメインイベントであったこと。この瞑想セッションの紹介文にはこういった記述がある。「何世紀にも渡り、人類は音響を用いてヒーリングを行ってきた。身体の振動を、そして結果的に脳波を、特定の周波数と同調させることで、その人を奥深いリラクゼーションの状態に誘うことが可能であり、不調和の改善を実現させる。病とは、すなわち身体における不調和の現れであり、音を浴びて平衡を取り戻すことで自己知覚への深遠なる扉を開放することができるのである」

ダンスミュージックに関わる多くの人々が、癒やしを必要としていることは間違いない。2016年のイギリスの調査によると、ミュージシャンが不安障害や鬱に悩まされる確率は平均の3倍であるという結果がでたそうだ。そして規則正しい睡眠とは無縁で、常に薬物やアルコールに溢れた環境にいるDJやその他ダンスミュージック業界に関わっている人々は、なかでも特にリスクが高いことだろう。

そしてヨガと瞑想はインチキ療法ではない。ハーバード大学医学大学院のサイトによると、ヨガと瞑想は「ストレスの軽減や、不安や鬱の解消を手伝う効果が期待できる」そうだ。そしてChildは「ホテルでもどこでも、床に敷けるタオルが一枚あるだけでできる」と語っていたが、そういったヨガの手軽さはDJのライフスタイルにもフィットする。

しかしながらウェルネス・カルチャーは、人々の美意識や社会的選好と、医学、疑似医学、そして神秘学が複雑に絡み合う、ときに線引きの曖昧な世界である。Mortellaroは瞑想セッションの最後、満月の夜に見る夢は価値のある助言をくれるから、今夜は紙とペンを枕元に置いて寝るべきだと言っていたが、彼の言葉はどれほど文字通り受け取れば良いのだろう？地球の周波数が人間の健康に影響を及ぼすと言っていたE/Tapeは、どれほど真剣にそれを信じているのだろう？（「シューマン共振」と呼ばれる、代替医療で人気の概念である）あるいは、ゴングの音浴瞑想に効果がある理由は「ゴングは人間の遺伝子の奥深くに到達できる周波数を持つ」からであり、それが「自己体験の有限と無限をリンクするポータルを開放」し、「細胞レベルでヒーリング効果を発揮する」からだと言われたとき、どれほど真に受けるべきなのだろうか？

場合によっては、これらの言葉を真に受けてしまうことで、ある意味不健康的とも言える状態を招くかもしれない。信憑性の低い情報を信用してしまったことで医者などの忠告に反したことをする、などといったことが例として挙げられそうだ。少なくとも、こういった話題になると批評的な論点が欠如していることが多いように感じる。ダンスミュージック・カルチャーを育んだ西洋の民主主義国家は今世紀、あらゆる方面で人々の信頼を失っている。様々な政治的、社会的運動で政府、マスメディア、学界といった権威の拒絶が見受けられる。そしてウェルネス・カルチャーもまた、そういった新たな真実を見つけようとする動きのひとつなのかもしれないが、必ずしも正しいところに目を向けているとは限らないように思う。

ここにひとつのヒントが隠されている。ウェルネス・カルチャーの真髄とは、ダンスミュージックそのものと同じで、私たちの身体との向き合い方だけではなく、私たちの周りの社会との付き合い方でもあるのだ。

「私たちが関わってきたシーンは、どんな人種や身分の人でも隔たり無く一緒に踊ることができるシーンだった。サッチャーイズムが根深く浸透していた当時としては革命的なことだった。しかし30年以上テクノシーンで活動してわかったのは、このシーンに関わっている人々全員が必ずしも偏見のない考え方をするとは限らない、ということ」

90年代のフリーパーティー・カルチャーの最前線で活躍したイギリスのサウンドシステム、Spiral Tribeを始めたひとりであるPheen XことDebbie Griffithは、ダンスミュージックの社会的な一面について語るには十分すぎる経歴を持つ。彼女のクルーはCastlemorton Common Festival（註：1992年にイギリスで行われた伝説のフリーレイヴ・イベント。UKのレイヴ規制が強化されるきっかけになったと言われる）に出演したが、その後1994年にCriminal Justice Act（註：レイヴを取り締まる法案）が法案化されたことで、彼女らはUKを去ることを余儀なくされた。その後はヨーロッパを旅してレイヴ・スピリットを伝え続けたが、時が経つにつれどんどんと活動しづらくなったのだと言う。

「21世紀初頭に法規制が厳しくなったせいで簡単に旅行ができなくなって、メンバーの多くは普通の生活に落ち着くようになった。でも私たちは、日々の生活に不満を感じるようになったんだよね。これまで何回もワクワクするような冒険をしていたから、新しい任務が欲しいって感じるようになったの」

ヨガを始めたGriffithは、2002年にヴィパッサナー瞑想という瞑想法を用いた10日間に及ぶ静修に挑んだ。「自分の意識の大幅な改革の始まりになった」と彼女は言う。しかしその経験を得た彼女は、快楽主義的なパーティー・シーンと禁欲的な静修期間とのギャップに戸惑うようになった。そういった違和感から、彼女とヨガ・インストラクターのDenis Robberechtsが主催するDharma Technoが生まれた。　

Trax に掲載された特集には、Dharma Technoの静修合宿の様子が描かれている。フランス南部の人里離れた屋敷にて、Robberechtsの指導のもと行う、4日間の静かな瞑想。中盤には、Spiral Tribeのアーティスト、69dbがDJする（しらふの）レイヴが6時間。それは社交性や薬物といった、いわゆるレイヴらしさを排除したものに見えるが、Dharma Technoの主催陣に言わせるとむしろその逆であり、ダンスミュージック・カルチャーの本来の姿への回帰であるそうだ。

「私もそうだったんだけど、多くの人がもうシーンに刺激を感じられなくなっていたんだよね」とGriffithは言う。この音楽と出会ったときの初期衝動は時間が経つにつれ薄れていき、音楽との刺激的な関係性を維持するためにどんどんとドラッグに頼ることが増えていく。Dharma Technoは、そんな破壊的な悪循環を絶つことを目的としている（Griffithは合宿を依存症のリハビリとして開催しているわけではないと言うが、Traxの記事によると、自身の薬物依存と向き合うために参加する人たちもいるようだ）。「最初のDharma Technoをやったとき、テクノと改めて向き合うことができたよ」と彼女は言う。「何年もずっと好きだった理由が、ようやく思い出せた」

69dbことSebastian Vaughanも同意見だ。「Dharma Technoに新たな活気をもらったよ。僕や、他の人々が本当の自由を目指すことを可能にしてくれる何かを見つけることができた気がした」

かつてのフリーパーティー・シーンは、ダンスミュージック界全体の価値観を体現していたわけではなかった。しかしGriffithやVaughanの体験には、多くの人が共感できることだろう。ダンスミュージックは世界的な勢力と化したが、このカルチャーが国境を越えて拡大するきっかけとなったレイヴという理想郷の夢は、今では複雑な、金儲け優先の産業の一部となってしまった。

「すっかり業界に嫌気がさしたって言うアーティストはいるね」とIntrinsicのNathalia Petkovaが言う。「もう飽きてしまって、何か新しいものを探している人もたくさん。業界とかダンスミュージックそのものに対して私はネガティブな気持ちはないけれど、あまりにも拡大しすぎて、純粋な気持ちでやっていない人たちが増えすぎちゃった気はする」

今回話を聞いた人たちの多くが、Petkovaと同意見だった。シーンに対して冷めきったDJであったり、新しい刺激を求めるフェスの常連であったりと、人生をダンスミュージックに注いできた様々な人たちが、失われた何かを再発見したいと願っている。そしてウェルネス・カルチャーは、そんな彼らにとって再発見のきっかけになっているのだ。

もちろん、若いファンやアーティストにとっては、ダンスミュージックはまだ始まったばかりの冒険だ。そしてそういった彼らもウェルネスの関心は高く、もしかしたら上の世代よりも高いとさえ言えるかもしれない。そのことについて気がついていたAnthony Childは、こう言う。「90年代前半にレイヴに行っていた人たちって、どこか生き急ぐような、ニヒルで醒めた態度のある人たちが多かった」。比べると今の若い世代は、驚くほど「賢明で、落ち着いてる」そうだ。

彼の分析を実証するデータもある。Eventbriteが最近UKで実施したアンケートでは、「ミレニアル世代」、つまり1980年ごろから2000年ごろまでの間に生まれた世代のうち、42％は3年前よりアルコールの摂取量が減っていると答えており、平均的にこの世代に摂取されている量も政府が推奨する最大量をずいぶんと下回っていた。UK全体のアルコール、ドラッグ、そして煙草の消費量は21世紀初頭から下がる一方であり、以前はダンスミュージック・カルチャーの動力であったクラスAドラッグ（註：ヘロイン、コカイン、MDMA、LSDなど）の乱用率はUSとUK両方で減少している。

SNSの普及がこういった禁欲的な世代を生んだとする声もある。常にインターネットで世界と繋がっている現代では、人は自分のネット上のアイデンティティを汚すような恥ずかしい姿が拡散してしまうことを恐れ、リスクのある行動をとるのを避けている、という説だ。要因はそれだけではないだろう。イギリスでもアメリカでも、ミレニアル世代は戦後初めて、親の世代よりも貧しい世代になりそうだ。土地の価格が下落し、社会福祉制度が崩壊し、不安定な非正規雇用が増加した競争率の激しい求人市場の時代に我々は突入している。

そして私たちが背負う責任も増えている。もし幸福ではないのだとしたら、それは自分にとって不利なシステムが出来上がっているからではなく、きっと努力や能力が足りないからだ、と我々は社会に責められる。なぜミレニアルの飲酒量が減少しているのかを探るためにHeinekenが全世界を対象に実施した調査では、88％が「自分の人生の行方は自分の責任である」と感じていると答え、69％が「親の世代よりも努力しないと成功できない」と答えた。そういった責任感に縛られながら私たちは踊っているのだとしたら、遊び方に慎重になるのもしょうがないだろう。

そういったことを考えながら、私は今回のウェルネスの旅の最終目的地であり、今回訪れたなかでも最も奇妙な空間にいた。時間は午前7時。The Shardの69階の窓からは、朝日に染まるロンドンが見下ろせる。時間が早すぎてまだボーッとしている私は、バーで「Home」と名付けられた「ボタニカル・カクテル」とやらを注文した。お酒の出さないバーでは、それかチャクラ・ショット（「アーユルヴェーダ式の非常に濃いブレンド」とのこと）ぐらいしか選択肢はなかった。私のテンションとは裏腹に、鮮やかなドレスやキラキラの飾りを纏ったスポーティーな格好をした人々はエネルギッシュだ。無料で受けられるマッサージを待つ人々もいれば、タロットカード占いをしてもらう人もいる。上階の人工芝が敷かれたデッキで行われるヨガ・クラスを受けに階段を上がる人たちもいるが、大半の参加者は簡易的なダンスフロアに集まっており、Fatboy Slimの"Praise You"を回すDJ Pedestrianに向かって嬉しそうに声を上げる。マイクを持ったMCが「しらふがこんなにも楽しいなんて、思ってなかったろう？」と叫んでいた。

イベントの名前はMorning Gloryville、平日の朝5時から9時に開催される、アルコールなしのモーニング・レイヴだ。2013年にロンドンでスタートして以来世界中の都市で開催されており、その影響でヨーロッパやアメリカで似たコンセプトのパーティーがどんどんと発足している。Basement Jaxx、Carl Cox、Roger Sanchez（そしてもちろんFatboy Slim）といった大物が出演しており、多数のメディアがこぞって取り上げている。Morning Gloryvilleのサイトのpressページによると、すでに2500以上の記事に取り上げられているそうだ。

しかしこれらの記事には、皮肉めいた視点で取り上げているものも多く、完全に馬鹿にするような記事もある。その上、Morning Gloryvilleはアンダーグラウンド・ダンスシーンからも嘲笑を集めている。しかしそれも仕方がないだろう。ウェルネス・カルチャーの最もうさんくさい部分だけを抽出してひとつのイベントに凝縮したら、まさにこのイベントになる。安っぽい衣装や雰囲気、オカルトチックな神秘性。しかしそれでも、私は楽しんでいた。カクテルは美味しいし、景色は素晴らしいし、客層はリラックスしていて、自然に笑顔になるほどの幸福感に満ち溢れている。

今回の特集でカバーしたイベントに共通することだが、Morning Gloryvilleの主催者Samantha Moyoも元レイヴァーだ。かつて彼女は「2、3日間続くパーティー」に行く日々を送るサイクルにハマってしまったが、「お酒やドラッグといった誘惑なしで、レイヴの楽しさを味わえる空間」を作りたくなり、このイベントを始めたのだと言う。しかしIntrinsicやDharma Technoと明確に違うのは、冒険的な選曲はイベントの主軸になっていない点だ（Queenの"Don't Stop Me Now"だとか、The Beatlesの"With A Little Help From My Friends"といった、結婚式でかかるような定番曲をかけるのがイケてるとされる新しいムーヴメントがあるのなら話は別だが）。

それよりも、このイベントの目的はライフスタイルに合ったクラブ体験を提供することにある。客層は、ミレニアル世代の中でも年長のグループに属する人たちが多く、45ポンドのエントランス料が払えるということは、パーティーが終わった後に会社に行く人が大半だろう（The Shard以外の場所で開催されるイベントはエントランス料がもっと安いが）。仕事に支障をきたすような二日酔いに苦しむことなく、自由に遊び、人と交流する時間を気軽に楽しめる。余暇さえも含む、全ての時間を自分磨きに充てるべきだと教え込まれてきた世代にとって、これは理想のレイヴなのだ。

Moyoはそういったターゲットにロックオンし、成功している。今年の夏、Dartmoor国立公園で行われた3日間の合宿Imagineにて、彼女は「8つのC」に関するワークショップを開催し、「停滞している夢を実現し…私たちの人生のポテンシャルを最大限に引き出すべく、炎を灯す」方法を教えた。ワークショップで取り上げた「C」には、「consciousness（意識）」、「community and connection（集団と繋がり）」といったキーワードに並んで、「commercialisation（商業化）」が含まれていた。ここでの「夢」の実現とは、個人的な目標ももちろんだが、「新しいアプリ、社会改革のプロジェクト、業界を覆すイノベーション」といったビジネス・プロジェクトも含んでおり、おそらく350ポンド以上したチケットを購入することができた参加者の多くは、後者目当てだったのだろう。Moyoはその後、8つのCの重要さを教える6週間に及ぶコースを開いており、そちらは「コミュニティーの構築や起業に興味を持ったパイオニアたちを応援する」ことが目的だそうだ。

Morning Gloryvilleの問題を指摘するとしたら、そこじゃないだろうか。イベントに溢れる愛情や人との絆といった信念が（「仲間を見つけ、愛そう」といったメッセージがかかれたポスターがあちこちに貼られていた）、不気味なほど簡単にビジネス力養成講座のようなものに利用されているところだ。朝に踊ることも、ヨガも、禁酒も悪いことじゃない。しかしこのイベントが成功している理由が、ストレスに押しつぶされそうな世代の心を掴んだからなのに、厳しい出世競走から逸脱する新しい道を提示することはなく、ただ彼らをより早いランナーに育てようとしているだけに見えるのだ。

Samantha Moyo, Mark Knight

ウェルネス・カルチャーとダンスミュージックの接近について、私が抱く疑念をまとめると、こういうことになる。マン・イン・ザ・ミラー論とでも呼ぼうか。Michael Jacksonの1988年のシングル"Man In The Mirror"は、路上で飢えている子供たちを見たMichael Jacksonが、「自分の人生を今度こそ変える」と決心する曲だ。しかし子どもたちにサンドイッチを買ってやればいいものを、Michael Jacksonが出した答えは、鏡の前で己を見つめることだった。

この曲が発売されたのは、サッチャー／レーガン政権の終わりごろであり、市場の規制は緩和され、福祉国家は縮小され、社会は私利私欲のために競う個人の集まりであると再定義された時代だった。そして"Man In The Mirror"はそんな自己陶酔的な時代のロジックに当てはまり、分離した社会に対する答えは、己と向き合うことだと提案した。ところが同じ時代に起きたポップ・カルチャー・フェノメノンが別の回答を出している。Second Summer Of Loveは、人々が集まり団結することを伝えた。レイヴ・カルチャーは、人と人を隔たる壁を壊した。ユートピアを作りだすことはできなかったが、政府が規制する法案を制定するほどに急進的だった。そういった革命的なエネルギーはもはやダンスミュージックにはさほど残っていないし、問題が山積みであることは間違いないが、今でも根本的にはソーシャルなカルチャーだ。コミュニティーの一員であるような気分を味わうことができ、たとえ一瞬でも、現実のプレッシャーから逃れて人生を楽しむことができる方法なのだ。

そして今の時代も、新たな危機的状況に直面している。ダンスミュージックを生んだ民主主義国家では政治論争が絶えず、人々の生活環境は悪化するばかり。今回取材させてもらった人たちは皆、間接的ではあるかもしれないが、そういった問題と自分なりに格闘しているように見えた。従来の考え方とは違うかもしれないが、ある種の説得力を持った向き合い方でダンスミュージックに触れており、そんな彼らの考えにはポジティブ面も多い。自分の身体と、そして周りの社会と真剣に向き合うことは素晴らしいし、薬物乱用がもたらす現実から目をそむけない姿勢も大事だ。

とはいえ、本来人々が動いて、交流するべき場であるダンスフロアが、Intrinsicのクラウドみたいにゴロゴロしている人たちで埋まってしまうような未来は、あまり明るいとは言えない。ウェルネス・ムーヴメントが今のところ達成していることとは、社交的であるはずのダンスミュージックの現場の雰囲気を変え、人々がお互いではなく鏡に写った自分ばかりを見つめることを良しとする文化を生んでしまっていることなのではないかと、私は疑問に思った。

あるいは、下を向いた犬のポーズすらまともに出来ない、所詮は部外者である私にはまだわからないことなのかもしれない。Dharma Technoのインストラクター、Denis Robberechtsが言っていた言葉が、一番説得力があった。彼に言わせると、ダンスミュージックと瞑想が好きな人々が共通して求めていることは、「自由」。彼が合宿で教える瞑想法は、懐疑的な視点でとらえたら、「ストレスの根本的な原因を生むシステムに立ち向かうのではなく、ただストレスを解消しているだけ」であるとも言えると、彼は認めた。しかし真の目的は、もっと深い。「私たちは、自分自身の奥底に存在する喜びの源を探している。そしてその探す行為そのものが、消費主義的社会のカオスから自分を守る手段なのだ。単純で、安定した喜びを自分の中で発見することができた人は、もはやそういったシステムの玩具になることはないのだ」