Scuba - DJ-Kicks

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  • ミックスCDというリリース形態において、リスナーを意のままに導く世界観を構築するのはまず当然のアプローチと言えるし、ベルリンBerghainのレギュラーを務めるScubaが手掛けたこの『DJ-Kicks』シリーズ最新作において、彼はその3時間以上にも及ぶロングセットの濃密さをCDフォーマットの時間軸へまさしく還元し得ていると言えるだろう。その選曲でリスナーをクラブの現場同様に楽しませることが出来るかどうかはまた別の問題なのだが、その点でもScubaは実にうまくやってのけていると断言できるだろう。ここに収められた32曲がそのまま3時間の枠に引き延ばされたとしても、このミックスCDの76分間と同様に楽しめるはずだ。 短い時間にたくさんのトラックを詰め込み、ポッドキャストやインターネットを通じて玉石混淆のミックスが氾濫している昨今の事情を考えると、こうしたミックスCDの存在意義は昔とは随分変化を強いられているはずだ。しかし、Scuba自身はそういった点についてはさほど気にもかけていないようにも思える。彼はひたすら当たり前のようにグルーヴを紡ぎ、さまざまなトーンやアタック、フレイヴァーを持った多彩な選曲を用いつつも急激なピークを創り出すと言うよりは非常に一貫したフロウをキープしている。 とはいえ、個人的には不満な点がまったくないわけでもない。選曲の幅広さは前述のように多彩だが、ビートがあまりにもシームレスに溶け合っているためにその差異が非常に見つけづらく、ここ最近のダブステップDJたちが積極的に違うトラックをぶつけあってミックスしているようなダイナミックさには欠けるところがあると言わざるを得ない。冒頭の導入部がまさにその好例で、Sighaのトラックの雰囲気を引き継ぎつつSurgeon "The Power of Doubt"がこっそりと忍び込み、D-Bridge "For Tonight"の透明なシンセと自己主張の強いサブベースへとビルドアップされていくさまは非常にスロウで滑らかだ。これはAusや『Back & 4th』コンピレーション以降のScubaにおけるネクスト・ステップなのだろうが、そこにはエキサイトメントより全体のまとまりが優先されているようにも思える。 それを象徴するように、ここには非常にスムーズでまとまりのあるパーカッシブな質感のトラックが多く聴かれる。Peverlist "Sun Dance"に潜む硬質さ、妖しいダンスホール調シンセがうねるAddison Groove "An We Drop"でのリバース・キックを使ったブレイクダウン、Jon Convex "Streetwalk"でのけたたましいシンセ・タムなどはそうした部分をよく象徴していると言えるだろう。しかし、"Streetwalk"がMr. Beatnick "Don't Walk Away with My Love"の泡立ったエレクトロに澱みなく引き継がれるあたりを聴けば、昨年リリースされた『Sub: Stance』ミックスに比べてやはりダークさと言う点では希薄になっている。Sex Workerが手掛けたCorona "Rhythm of the Night"(LAのレーベル、Not Not Funからリリースされた)の幽玄なリミックスでさえ、とりわけ目立ってもいない。個人的にも好きなCoronaのオリジナル・ヴァージョンを考えるとなおさらだ。Scubaにはあまり過激さを求めてはいないが、たしかに興味深い議論を呼びそうなミックスではある。
RA