Diggin' In The Carts in Tokyo

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  • 2014年に東京を舞台に開催された“若く才能溢れるアーティストたちを支援する世界的な音楽学校”、Red Bull Music Academy。それに先駆け同年に始動したドキュメンタリー・シリーズが『Diggin' in the Carts』だ。日本のゲーム音楽作家の素顔と、世界のクラブミュージックのアーティストがゲーム音楽に影響を受けた証言を映像に残した作品で、好事家の間で話題となり、公開を記念してゲーム音楽に関するイベントRed Bull Music Academy presents 1UP: Cart Diggers Liveも行なれた。それから3年後となる今回、都市型音楽フェスRed Bull Music Festival Tokyo 2017と銘打ち渋谷周辺の様々なベニューでイベントが展開され、そのひとつに『Diggin' in the Carts』の2回目のイベント「電子遊戯音楽祭」が開催された。また、同イベントはゲーム音楽を「電子音楽」として捉えた、UKベース・ミュージックのアーティストKode9のコンパイルしたアルバム『Diggin' In The Carts』のリリース記念を兼ねていた。 ここで一旦、国内のゲーム音楽とクラブミュージックの接点を振り返ってみよう。まず、クラブミュージックに影響を受けたゲーム音楽がゲームソフト内で扱われるようになった事が大きい。今回の出演者である古代祐三の楽曲などだ。それとは逆に、クラブミュージック側からのゲーム音楽に関する接点もあった。90年代にテクノが輸入され、ゲームを融合させるイベントは数多く行われた。特に90年代中頃は「テクノ、アニメ、ゲーム」を紐付けて盛り上げようとするムーブメントがあった。その象徴的な作品が、Ken Ishiiの”Extra”だろう。アニメーター森本晃司が手掛けた近未来的なミュージックビデオと共に公開され、話題となった。インディペンデントな動きもあり、クラブミュージック・シーンから生まれたゲーム関連のイベントは、90年代初頭のトーキョーゲーマーズナイトが有名。1997年のセガハードコアジェネレージョンではインディペンデントなアーティストたちがゲーム会社を巻き込んで千人規模の大きなイベントとなった。渋谷にあったナムコのゲームセンターintiにはDJブースが常設され、DJが毎日のようにレコードを持参しプレイをしていた。国内では他にも数多くクラブミュージックとゲームが融合する機会を見受けた。
    90年代後半にはゲームやアニメなどのオタクコンテンツからサンプリングしたジャンル「ナードコア」が生まれ、インディペンデントなシーンを築き上げた。これらはクラブで鳴らすことを目標として、クラブミュージック・シーンがあった上で派生したジャンルであることが大きい。そういったドメスティックでインディペンデントなシーンの歴史もあったが、それとは別に今回のイベントは8ビットや16ビットの音源を使ったゲーム音楽やチップチューン的な要素を軸にしている。さて、イベント当日。ゲーム音楽愛好家も集まり、満員となったLiquiroom。今回の出演者は、「ゲーム音楽に影響を受けたクラブミュージックのアーティスト」と「クラブミュージックに影響を受けたゲーム音楽作曲家」に大きく分けることができる。ゲーム音楽は、ゲームソフトやゲームのサントラなどを介して親しまれている。あくまで自宅で鳴らされる目的で作られていてフロアに向けて作られていない。また、目的や流通経路が違い、12インチやデータ音源で親しまれるクラブミュージックの様式とは違っている。 イベントを一晩体験した結果、クラブミュージック的な鳴り、ゲーム音楽特有の中高域に特化した鳴りに別れ、出演者が各々のスタイルを披露するショーケースとしての印象が強かった。そういったスタンスの違いがありながらも、クラブミュージックからゲーム音楽、ゲーム音楽からクラブミュージックに歩み寄ろうとしていたアーティストは、このイベントの特異性に肉薄し、表現に対する熱意を感じた。特にファーストアルバムを出したばかりのChip Tanakaは、グライムなどの近年のクラブミュージックの様式をチップチューンの音源で再解釈したオリジナルトラックを披露し、作家性の強さを感じさせた。 UKから来日したKode9も、ゲームにインスパイアされたベース・ミュージックを展開。スローなジュークのビートにゲーム音楽的なサイン波が満員のフロアを包んだ。ビートにディストーションが掛かり、よりインダストリアルに。ファイナルファンタジーの楽曲をサンプリングした曲から、Kode9自身のヒットチューン”9Samurai”のチップチューン・カバーで好事家たちを唸らせた。ゲーム音楽の大家である古代祐三は、メガドライブのゲーム「ベアナックル」の音源を爆音で鳴らし、ステージのスクリーン上には滲ませたエフェクトをかけたゲーム画面を流す。ファンにはたまらない瞬間だ。そこにハンマービートや強烈なアシッドシンセが絡み、音数も増えて縦ノリの90年代中盤のハードアシッドテクノのようになっていく。音のいびつさが独特の世界観を高めていた。
    前述のRed Bull Music Academy Tokyo 2014から継続して行われたイベントは、これだけのはず。国内に来て3年が経ち、数々の独自コンテンツが発信されてきたが、ドイツならではのボディ・ミュージックからの影響が色濃いミニマルテクノや、イギリスならではのルーツをたどればレゲエに行き着くUKベース・ミュージックのように、海外に輸出できる日本ならではのコンテンツが「ゲームを介したもの」となったのが浮き彫りになったイベントかもしれない。海外からは、作家性の高さを持った個々のアーティストが集まったことでシーンが出来上がっているように見えたはずだろう。それだけでなく、こういったイベントとして形になったことによって、ゲーム音楽という海外で評価の高い日本文化を通じて、国内のクラブミュージック・シーンから世界に発信して日本らしさを感じさせるトラックとはなんなのかを再考するきっかけのイベントになったはずだ。 Photo credit / Suguru Saito : Red Bull Content Pool
RA