Radiohead - A Moon Shaped Pool

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  • 失恋の比喩にUFOが使われることはあまりない。しかし、通常とは異なるやり方を好むのがThom Yorkeだ。Radioheadの9枚目となるアルバムに収録された"Decks Dark"で、彼は「あなたの人生に闇が訪れる。宇宙船が空をふさいでいる。隠れる場所はどこにもない。裏口に走っていき、自分の耳をふさぐ。でもこれまでで一番大きな音が聞こえてくる」と歌う。その数秒後、"Subterranean Homesick Alien"での壮大な雨音によるサビの部分が挿入される。昨年、Yorkeが23年間連れ添ったパートナーと別れたというニュースが広まった。失恋を綴ったメジャーアルバムの発表から数か月後のことだった。Björkの『Vulnicura』とは異なり、『A Moon Shaped Pool』ではその出来事についてあからさまな言及はされていない。収録曲の多くは何年も前に書かれているからだ。しかし、Yorkeの近況を知ってしまうとひとつの解釈しかできなくなってしまう。 麻痺するようなクラウトロック哀歌"Ful Stop"の終盤が良い例だ。Yorkeが「連れて帰って。もう一度、連れて帰って」と懇願し、その背後で聖歌隊が悲痛な歌声をあげている。もしくは悲しく爪弾かれるギター上を彼が「傷ついた心が雨を降らす」と嘆く"Identikit"や、「これは俺自身の問題だ。この愛は無意味だったのかもしれない」と歌う"Present Tense"でもいい。『Vulnicura』と同様、失恋がRadioheadの音楽に新鮮な魅力を与えるかどうかは分からない。そして、失恋を題材にして音楽へと膨らませていくような新たな創造性を彼らが見出しているかどうかも疑問だ。 彼らが自分たちのサウンドを見直してきたことも関係している。2011年の『The King Of Limbs』(英語サイト)やYorkeのソロ作品における息苦しいエレクトロニカは自然に生まれてきたような印象だったが、本作における彼の傷ついた声は歌詞の中でも語られている"ラグドール"のようだ。淡いギター、スプリングリバーブの気泡、そして、ゆるく旋回するピアノに打ち付けられ、救いようのない存在感が漂っている。収録曲の多くは広々としていてダークで、不幸に絡まり合う人の音が流れている。"Present Tense"から"Tinker Tailor Soldier Sailor Rich Man Poor Man Beggar Man Thief"へと続く場面から分かるように、彼らのさまよいがちな音楽がもどかしくなるときもある。しかし、上手く演出されている部分もある。"Desert Island Disk"ではYorkeが「違うタイプの恋愛が可能」だと自分に言い聞かせているが、弦を爪弾く彼の指がマイナーキーへを奏でだすことで、物事はそれほどシンプルではないことを示唆している。 BjörkのようにYorkeが感情を表に出すようなことは滅多になく、いつもの説教じみた歌い方に陥る場面がある。1曲目の"Burn The Witch"はお決まりのRadiohead的メディア批判ソングであり、気候変動をフォーク風に抗議した"The Numbers"はそのサウンドと共に使い古された印象だ。しかしその埋め合わせとして、Radioheadがこれまでに制作してきた中でもトップクラスのバラード3曲が収録されている。優雅で悲劇的な"Daydreaming"ではJonny Greenwoodによる最高峰のストリングアレンジメントがフィーチャーされている。そして"Glass Eyes"ではYorkeの見つけた道が「脇へ逸れていき、山を下り始める。乾いた藪を通り抜け、どこに向かっているのか俺には分からない」と彼はパニック状態になり、華麗に折り重なるストリングスのもとでつぶやく彼の声が消え去っていく。 そして『A Moon Shaped Pool』の最後に収録されているのが"True Love Waits"だ。この曲とYorkeの関係は1995年にまで遡る(ほぼ23年前だ)。2001年のライブアルバム『I Might Be Wrong』に収録されていたトラックでもある。そのときは少年のようなロマンスが漂っていたが、アコースティックギターに代わってピアノが使われた本作のバージョンは冷え切っていて絶望的だ。こうした回顧的な瞬間は『Vulnicura』にもあった。2002年の"Cocoon"の歌詞に類似した"History Of Touches"だ。こうした行為が上手くいくのは、自分のキャリアが成熟し、ファンが以前と変わらず熱心に耳を傾けてくれている場合に限られる。Yorkeのソロ、そして、Radioheadによる疑問作に続く「A Moon Shaped Pool」からうかがえるのは、彼らが自分自身を貫こうとしていることだ。
  • Tracklist
      01. Burn The Witch 02. Daydreaming 03. Decks Dark 04. Desert Island Disk 05. Ful Stop 06. Glass Eyes 07. Identikit 08. The Numbers 09. Present Tense 10. Tinker Tailor Soldier Sailor Rich Man Poor Man Beggar Man Thief 11. True Love Waits
RA