Babyfather - BBF Hosted By DJ Escrow

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  • Babyfatherのファーストアルバム『BBF』の中盤でDJ Escrowは次のように発言している。「仲のいい友達が『既に試されたアイデアを繰り返しても時間の無駄だ』って言っていたんだ。まさにそのとおりだよな。だから俺はここいるんだ。ただトラックをプレイするだけじゃなくて、みんなに色んなことを証明するためにな」。自分の啓蒙的な姿勢に熱が入っていく様子のEscrowだが、その後、急に興味を失ったかのように「くだらないことばかりしゃべっちゃったよ。次のトラックにいこう」と口にする。 DJ Escrowの正体は明らかになっていない。Dean Bluntの別人格、彼の友人、ロンドンの無名のミュージシャン、もしくは、誰かのパロディなのかもしれない。いづれにせよ彼の不敵な存在感がBabyfatherの中核を担っているのは間違いない。Babyfatherによるオンラインミックス(英語サイト)に続いて発表された『BBF』は海賊ラジオ番組のような体裁になっており(サウンドはテープにレコーディングされたかのように粗く歪んでいる)、Escrowが番組のホストを務めている。彼はリスナーに呼びかけたり、スタジオの電話番号を伝えたり、リクエストを受け付けたり、ときどきラップをすることもある。その声は変調されているかのように高く、やんちゃな発言は聞いていて面白い(彼は"Platinum Cookies"でフリースタイルに挑戦するも酷いラップになってしまい、「昔はWileyもひどいMCだったんだぜ。今はすごいけどな」と発言している)。アルバムが進むにつれ、彼の語り口は理論的になっていき、"Escrow 2"と"Message"ではロンドンの郵便番号にまつわる政策を、"Stealth"では移民のアイデンティティを話題にしている。 EscrowはBluntの新たなプロジェクトが具現化された存在だ。このプロジェクトでは『Black Metal』や『The Redeemer』(英語サイト)といった懺悔的なインディ路線ではなく、まだ誰も試したことのないアイデアが模索されている。本作にはHype Williams的な少しふざけた感覚が漂っており、例えばカバーデザインにはユニオンジャックを纏ったホバーボードが描かれ、3つのバージョンが収録された"Steath"では愛国心溢れるフレーズが荒々しく吐き出されている他、"PROLIFIC DAEMONS"と"Flames"ではノイズが執拗に放たれる。もしかするとMica Leviをフィーチャーした"God Hour"は『Black Metal』の未収録曲かもしれない。一方で本作を全体的に見てみると、Bluntが次の一歩を踏み出していることが分かる。本作よりも魅力的なBlunt作品は存在するが、サウンドとコンセプト、そして、個性を彼がこれほど強力に融合したことは今までになかった。 多くの収録トラックは重々しいヒップホップかデジタルダブのループとなっており、揉め事や軽犯罪をほのめかすオーディオクリップやパトカーのけたたましいサイレンが加えられている。そうした都市部の描写はとても鮮烈だ。"Esco Freestyle"では不吉なストリングスが鳴らされる中、急に怖気づく素人コカインディーラーをBluntが演じており、「誰だって楽しくいきたいだろ。俺もそうさ」とつぶやいている。家族生活の重圧が表現されているトラックもある。Arcaとのコラボレーション"Meditation"では赤ん坊が泣き声をあげ、"Escrow"ではスタジオにいるシングルマザーの母親からEscrowが逃れようとしている。"HELLS ANGLES"ではEscrowが前の彼女に謝りの電話を入れようと考えた直後、ひとりの女性から「お前はくだらないことばかりやっているね。さっさとママんところに帰りな」と罵倒されている。そして不穏なビートが挿入されるとBluntがこれまでで最も不気味な声で「あいつのこと知ってるだろ。銃を持ってるヤツだ。向こうの曲がり角のアパート裏でお前を待ってるって」とラップする。 都市生活の展望は暗い。ムーディーなトラック"N.A.Z"でBluntは「ブっとんじまったらどうする?」と聞いてくる。一方、そうした雰囲気に気落ちしないようにEscrowが快活にまくしたてる。不思議なのは次第にそんなEscrowを好ましく思えてくることだ。これほど雑然としたアルバムでこれほど謎めいたキャラクターの彼に対して好意を抱いてしまうのはおかしなことかもしれない。自分の弱い部分を見せている点も好感が持てる。本作で最も感情を揺さぶってくるのはArcaとの陰鬱としたコラボレーション"Deep"だ。トラックの中盤でEscrowが数小節だけラップするのだが、その声は悲痛なストリングスのコードの中で溺れている少年のように聞こえる。「今この胸に感じる、すべての痛み」と彼はラップする。その痛みは確かに私たちの胸にも届いている。
  • Tracklist
      01. Stealth Intro 02. Greezebloc 03. Meditation feat. Arca 04. Escrow 05. Shook 06. Motivation 07. PROLIFIC DAEMONS 08. Platinum Cookies 09. Esco Freestyle 10. Stealth 11. God Hour feat. Mica Levi 12. N.A.Z 13. Juice 14. HELLS ANGLES 15. Killuminatti 16. Escrow 2 17. Deep feat. Arca 18. Escrow 3 19. The Realness 20. Flames 21. Snm feat. Arca 22. Stealth Outro 23. Message
RA