Mr. Fingers - Mr. Fingers 2016

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  • Larry Heardのようなアイコン的アーティストは新たに音楽を発表しなくてもいい。さらに言えば、発表しない方がいいときすらある(英語サイト)。世界中で知られるジャンルを先導するようなアーティストの偉業は、どんなことにも過大な期待がつきまとう要因になる。Heardも数十年間に相当数の凡作を発表してきたのは間違いない。しかしそこにはメンフィスに在住する彼の携える気負わない優雅さが常に漂っていた。一方、Mr. Fingers名義の新作は90年代半ばから発表されていない。「Mr. Fingers 2016」が特異な場所に位置づけられるのはそのためだ。 収録の4曲を聞いてまず気付くのは、そのサウンドの不変ぶりだ。つまり、Heardがいつ収録曲をレコーディングしたのか明確に言い当てられないということである。ばらばらのリズムと控えめでまばらなメロディでタペストリーを織りなす"Outer Acid"は非常に複雑な構成で現代的な印象だが、"Qwazars"のスポークンワードや"Nodyahed"の加工されたロボットボイスは旧来の手法を思わせる。豪勢で卓越したアレンジのディープハウス"Aether"は2000年頃に発表されていてもおかしくない。Mr. Fingers名義で発表されてはいるものの、Heardが最初に名乗ったこの名義よりも、00年代中期に数枚の作品を発表した多角的ハウスプロジェクトLoosefingersの方が本作のサウンドに近い。"Lamentation"のスペーシーなグルーヴや、"Transmission X"のアシッドサウンドやデジタルパッドの鳴らし具合などは、まさに本作にも通底している。しかし最も類似しているのはLoosefingersによる2011年のトラック"Winterflower"だろう。同トラックにおける装飾を排したピアノコードや微細なシンコペーション、そして、スペーシーなエフェクトなど、本作の礎となる場所をHeardは開拓していたのだ。 従来のMr. Fingersがテーマにしていたのは愛とパーティーだった。一方『Mr. Fingers 2016』では未知なるコズミック感覚と不穏な緊張感が原動力になっている。ここには愛情を込めて入念に作り上げられたダンストラックがまとめられている。しかし、そのトラックを制作したのは50代の男であることを忘れてはならない。彼が気に欠けているのはオールナイトのウェアハウスの狂騒を支配することではないのだ。"Qwazars"の仕上がりが素晴らしいのも、そこに固有の成熟と抑制が感じられるからだ。豊かな響き、精細なアレンジメント、そして、全Heard作品の代名詞であるメロディの深みから成り立っている本作は、Mr. Fingers名義の復帰作として完ぺきだ。それはHeardが何か新しいことを投げかけようとしているからではない。このような雄弁さをもって表現を行える者は彼を置いて他にいないからだ。
  • Tracklist
      A1 Outer Acid A2 Qwazars B1 Nodyahead B2 Aether