Rafael Anton Irisarri - A Fragile Geography

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  • いかなるアーティストにとっても「変化」は創造性における重要な要因だが、Rafael Anton Irisarriは新たな地平と未開のポテンシャルを切り拓くことで進化しているようだ。前ソロアルバム『The Unintentional Sea』では、20世紀初頭にカリフォルニアのソルトン湖が周辺の地形とコミュニティに対し、いかに影響を与えたのかについて深く考察を巡らせていたが、それから2年が経った今、彼の生活はほぼすべての面で変化している。かつて、シアトルのエレクトロニック/エクスペリメンタルミュージックシーンにおける主要人物だったIrisarriは、2014年5月にニューヨーク州北部に引っ越したが、その過程の中で、車上荒らし(英語サイト)によってすべての所持品(音楽関連のものだけでなく、その他のものも含む)を失うことになった。 友人とファンらがIrisarriと彼の妻を助ける行動に出るまで、時間はそれほどかからなかった。とりわけ顕著だったのは、称賛を集めていた彼のBlack Knoll Studioを再構築するために18000ドルの寄付を集めたことだ(英語サイト)。そして、今年の1月までにIrisarriは再び新作を発表できるようになった。『Will Her Heart Burn Anymore』(英語サイト)では、感情を排した、さらに正確に言えば、激しく歪ませたテクスチャーと陰影を基調にした攻撃性を排した彼の姿を見ることができる。この時、Irisarriの音楽は生まれ変わったと言うことも可能だ。そして、同作が哀調に満ちた結末を迎えると、その変容が完了したように感じられた。 ここに述べたことが『A Fragile Geography』が誕生することになった環境だ。それは収録された6曲すべてにおいてハッキリと表れている。これまでIrisarriのソロ作品は常に深く、そして、優しく心を締め付けてきたが、今回の彼は切り立つ頂と広大な深淵に至っている。ゆるやかにアルバムの導入部へと誘うのは、彼方から聞こえてくるスタティックノイズと柔らかな光を放つハーモニーが気怠く音を吐き出す"Displacement"だ。続く"Reprisal"では、絡まり合ったディストーションや窒息してしまうほどの重低域へ、トラックのうねりがゆっくりと変化していく。同曲では9分間に及ぶ濃密なドローンに続き、最後にギターがその姿を覗かせ、その軽やかさは完全に窒息してしまいそうな状況にもたらされる新鮮な空気のように感じられる。 本作はIrisarriが手掛けたアルバムの中で最もダークなものかもしれないが、彼は抜かりなく隅々に明かりを灯している。中でも"Empire Systems"は最も大きく明るい輝きを放っている。本作最大にして極上の同トラックは、M83のような重々しいインタールードだ。ティーンネイジャーの空想や詩的な夢語りではなく、個人的疑惑や実存的な恐怖がテーマになっている。"Empire Systems"のピークに至ると、数分の間、Irisarriはそうしたテーマを消滅させている。深淵を覗き込む"Hiatus"は短い時間ではあるが、『A Fragile Geography』の糧となっている黒く染まりゆく心のように感じられる。用いられているシンプルな4つのコードには倦怠感と失望感が、その上部で揺らめくサウンドには疑念と恐怖が、そして、一面を覆う濃霧にはアンビバレンスが漂っている(『Geography』の要素が最もシンプルに表現されたものだ)。 加工したピアノと、超常現象のようなアンビエンス、そして、チェロにより、40分間に及ぶ本作を"Secretly Wishing For Rain"が締めくくる。陰鬱としたエンディングを描く同トラックは、Irisarriの真実を露わにしているように思える。つまり、こうした個人的問題、もしくは、外部由来の問題は、彼の制作プロセスに欠かせない、ということだ。災難が降りかかってこない限り、そして、自ら生み出すストレスに自身を見い出さない限り、前述したソルトン湖での悲劇のように、彼は混乱と障害を追い求め続けるのだ。
  • Tracklist
      01. Displacement 02. Reprisal 03. Empire Systems 04. Haitus 05. Persistence 06. Secretly Wishing For Rain
RA