Thomas Brinkmann – What You Hear (Is What You Hear)

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  • ふたつのアームを持つターンテーブルでレコードをプレイしたり、多数のターンテーブルに乗せたレコードに傷を付けて即興でリズムを繰り出したりと、キレにキレまくっているエレクトロニックミュージック界きってのパンクス、Thomas Brinkmann。世に出回っているダンスミュージックの多くは既に存在する音楽の精度を上げているだけに過ぎず、ソウルを感じないとバッサリ切って捨てたかつてのクリック/ミニマルサウンドの名手が、ソロとしては実に7年ぶりとなるアルバム『What You Hear (Is What You Hear)』を発表した(よりフロアにフォーカスしたSoul Center名義では2010年にアルバムを発表している)。 しかし、本作で彼が標榜しているのは作り手が作品に込めるソウルではなく、むしろ作家性の排除であり、リスナーごとに異なる印象を生むサウンドだ。この流れはBrinkmannが2012年にOren Ambarchiと共に制作した『The Mortimer Trap』から続いていると考えていいだろう。『The Mortimer Trap』は現代音楽家Morton Feldmanの「For Bunita Marcus」に対するオマージュであり、多くのアンビエント作品がそうであるように、リスナー自身の状態によって作品の聞こえ方/印象が大きく変化する作品だった。聞こえる音が物理的には全く同じでも、その音が違って聞こえるのは、その音を受け取り知覚するリスナーが時々刻々と変化しているからに他ならない。それはつまり、聴覚科学者である柏野牧夫の言葉を借りるならば、聞き手である我々が「生きているということが浮き彫りに」なっているのである。この特性こそが本作の核となっている。 75分に及ぶ大長編トラック”The Mortimer Trap”は、細かく揺らぎながら大きなうねりを描くシンセサウンドに低域の鼓動や簡素なビートを組み合わせ、比較的、楽曲としての構造を残していたのに対し、本作に収録された11のトラックではビートが一切使われていない。”Ziegelrot”や”Oxidrot”におけるフィードバックノイズから、”Bleiweiss”や”Antimongelb”での浮遊感のある空間系サウンド、そして、”Indigoblau”や”Kadmiumgelb”のようにGASを彷彿とさせる濃霧のごときサウンドまで、様々なバリエーションによってリスナーの知覚系に音刺激が送り込まれる。ほぼすべてのトラックに共通しているのは倍音構成が短時間で複雑に変化するサウンドによってループが形成されている点だ。知覚系がミリ秒単位で圧倒的な情報量に晒されることで反復音声変形効果(同じ音を短時間で聞くことにより、聞こえ方が変化する効果)が発生し、見事にサウンドの多義性が生み出されている。さらにループポイントが徐々に変化したり、エフェクトが加えられたりすることによって、実際の音にも変化が生じているのだが、先に述べた聞き手の知覚変化と相まって、極めて濃厚なサウンドトリップを体験できる。“Perinon”における細かなノイズによるループが互いに絡み合う様は、冒頭のレコード傷を使ったアイデアの発展形と思えなくもない。 「聞く度に発見がある作品」というような表現を見かけることがあるが、本作がまさにそれにあたる。しかし、発見は作品の中にあるのではなく、聞き手の意識の中にこそ見い出されるのだ。そう考えると、今回の『What You Hear (Is What You Hear)』というタイトルが非常に絶妙な深みを持って響いてくるのである。
  • Tracklist
      01. Ziegelrot 02. Kadmiumgelb 03. Indigoblau 04. Agent Orange 05. Purpurrot 06. Antimongelb 07. Mitisgrün 08. Perinon 09. Bleiweiss 10. Graphit 11. Oxidrot
RA