Ozy - Distant Present

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  • nothings66というレーベル名は、北極圏の定義である北緯66度33分以北に立ち入った時の経験に由来しているらしい。レーベルが設立された2010年、1枚目のリリースとなったコンピレーション『duskscape not seen』には、Stefan Schneider(aka To Rococo Rot)によるSeptember Collective、Lusine、クラムボンのミトによるdot i/oなど、ヨーロッパ諸国、アメリカ、そして日本のアーティストらの楽曲が収録されていたが、出自は違えどサウンドプロセッシングが織り成すメロディによって、共通の世界観を1つのパッケージに収めることに成功したこのコンピは、幽玄かつ壮大な景色を描いてみせた。 このコンピにも参加していたOzyの名を以前にも耳にしている人がいるかもしれない。彼は90年代にアイスランドのレーベルThule Recordsの運営に携わり、2002年にはForce Inc.からアルバム『Tokei』をリリースしたプロデューサーだ。彼が現在、居を構えるアイスランドに訪れたことはないが、北緯66度線上に位置するこの土地から届けられる音楽は、有名どころで言えばBjörk、Sigur Rós、múmなど、それぞれ方向性は違いながらも、独自にエッジを際立て、鮮烈な音風景を喚起するサウンドを生み出すアーティストの手によるものが多い。音楽に限らず、表現行為全般において、この国では、多くの人々は、受け手を意識しているというよりも、自己の内面から沸き上がってくる感性にしたがって制作を行っている印象だ。総人口が32万人程度という点を考えれば、マス層を対象とする思考とは異なる視点から、音楽的土壌が育まれているのかもしれない。 Ozyも、こうした環境に影響を受けているであろうことは想像に難くない。以前は国外に住み、ヨーロッパ中のクラブを中心にパフォーマンスを重ねてきたという彼の音楽は、自然とダンスフロアを意識することになったが、2004年に心理学を学ぶため音楽のキャリアから距離を置いて以降、Ozyは故郷のアイスランドに戻り、人里離れた静かな環境に囲まれた生活を送って来た。そうした生活基盤の変化が、本作『Distant Present』にも反映されており、サウンドとテクスチャーそのものにフォーカスして、アンビエンスとドローンを生み出していくアプローチになっている。 また制作面においても、『Tokei』は完全にラップトップとソフトウェアから制作されたが、本作では、RolandのSpace Echo、ギター用エフェクター、アナログサンプラーがメインに据えられたことが、サウンドの変化に影響しているようだ。本作に収録されているのは、全て新曲というわけではなく、Ozyが音楽活動をストップする前に作られていた楽曲もあり、改めて彼が手を加えて本作に収められることになった。例えば、”Gin And (Bi/T)onic”や” Dis-en-gaged”は『Tokei』に収録されていたトラックだ。両トラックを聴くと、元バージョンのテクスチャーに、少しコンプレッションのかかったようなアナログらしい厚みが加えられていることが分かる。これは正に、この制作面での変化の表れだと言えるだろう。 オリジナルの楽曲に加え『Tokei』の収録曲のリミックスも収録されている。かつてはベルリンのミニマルダブに影響を色濃く受けたテクノトラックを展開したOzyだが、Actress、Andy Stottといったアーティストや、PANやModern Loveのようなレーベルも何年も聞いているという彼にとって、Miles WhittakerやLaurel Haloにリミックスを依頼したのは、奇をてらったわけではなく、極自然な選択だったようだ。特にOzyがフェイバリットとして挙げるアーティストMiles Whittakerが担当した”Drama Club”のリミックスでは、Testpressingシリーズ直系のディストーションとフィルターで加工された複数のブレイクビーツが織りなすビートが組み上げられ、そこへ厚みのあるうねりを生み出すリバーブ処理したサウンドを重ね合わせ、元曲の世界観はそのままに、Miles Whittakerらしさを貫いている。それはLaurel Haloによる”Black To The Future”のリミックスでも同様で、ギリギリのバランスで成り立つリズム構成に彼女の個性が投影され、元曲の素材はほとんど原型を留めていないにも関わらず、Ozyの音楽性にしっかりとリンクするムードを残している。同トラックのリミックスを担当したもう1人は、あらべぇ名義で都内を中心に活動するColloge Dropだ。力強く打ち込まれるスネアの頭上からは、氷上の世界に冷やかな光が降り注ぐ音が聞こえてくる。リミックスだと言われなければ、全トラックがOzyによるオリジナルだと思ってしまうほど、全体を通してアルバムの世界観が作り上げられている。その世界観は北緯66度の領域に広がる情景に繋がっているのだろう。
  • Tracklist
      01. Glace 02. Arcane 03. Gin And (Bi/T)onic (Reprise) 04. Drama Club (Miles' Method Remix) 05. Clockage 06. Scaphoid 07. Dis-en-gaged (Rework) 08. Black To The Future (COLLEGE DROP Remix) 09. Verksmidja 10. Chrome-drip 11. Black To The Future (Laurel Halo Remix) 12. Atonement
RA