Forest Swords - Engravings

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  • Matthew Barnesが2010年にリリースした『Dagger Paths』は本来エレクトロニック・ミュージックに馴染みのなかった層を新たにファンとして惹き付けたと思う。その湿り気を帯びたアトモスフィア、暖かいギター・トーンと埃っぽいテクスチャーは全体を通してアコースティックなもので、まるで森の住人がその環境からインスパイアを受けて作り上げたかのような作品だった(実際、Barnesは「The Wirral」と呼ばれる息を吞むほど美しいイングランドの辺境に住んでいるのだが)。『Dagger Paths』以来となるこの作品には、そうした資質が引き継がれさらに強調されている。この『Engravings』はもともとすべてを野外で録音を完結しようと試みていたそうだが、結果としてレコーディングはラップトップで行い、ミックスのみ野外で行われている。『Dagger Paths』から枝分かれしたかのようなサウンドを志向するかわりに、この『Engravings』はBarnesのより深い世界を垣間見せてくれる作品となっている。 これほど正確なサウンドの群れの中に、あらゆる音楽からの引用が含まれるそのBarnesの手法には驚きを禁じ得ない。アルバム全体を通底している基礎は、ルーツ・ダブからの影響だ。その葬送的なムードをたたえたファースト・シングル"The Weight Of Gold"は、かすかにAugustus Pabloの黄金期の作品を連想させる。これまた傑出したトラック"Irby Tremor"は『Sublime Frequencies』に収録されていてもおかしくないほどで、アジア植民地の片隅で忘れられた古い建築物を思わせる。こうしたトラックは、この『Engravings』に一層の神秘性をもたらす。どれがサンプリングでどれがオリジナルの素材なのかはもはや判別できず、その古びた手触りがリアルなものなのか人工的なものなのかもわからない。その混乱は"Anneka's Battle"というすばらしいトラックでさらに加速し、ここではブライトンのシンガーによるヴォーカルがこのアルバムの他のどの具体音と同じく遠くで響くような感触に操作されている。 このアルバムに調和をもたらしている最たるものは、そのユニークなリズム感覚だろう。このレコードでは、小節ごとにずるずるとヒプノティックなエフェクトをくぐり抜けていく。アルバム1曲目の"Ljoss"では、その反復はリヴァーブによって熱せられた渦のなかに溶け込んでいく。Barnes本人はあまりダンスミュージックに固執しないとはいえ、そこからの引用はちらほらと散見される。それが最も分かりやすいのは"Onward"で、土の表面に鋭く突き出した矢じりのようなシャープさを持っている。ハンドメイドではなくマシーンで作られたように感じるこうした瞬間はこのアルバムでは稀で、他のトラックがゆっくりと出たり入ったりしながら展開していくのに対し、このトラックはピストンを叩き付けるかのようなイレギュラーなインターバルとなっている。 このアルバムは"Friend, You Will Never Learn"で幕を閉じる。この長尺のトラックは、苦悶するヴォーカルと哀調を帯びたピアノをすり抜けていくような感触だ。前作『Dagger Paths』を最も彷彿とさせるトラックのひとつではあるが、より壮大でインスパイアに満ちた感覚だ。前作を知っているリスナーにとって、この『Engravings』は決して驚くような内容ではないだろうが、実はそのこと自体はさして重要ではない。ここでBarnesがやってのけているのは、これまでチラリとしか覗いていなかった隠された世界を存分に見せるということであり、その世界は前作にも増して息を吞むような壮大さをたたえているのだ。
  • Tracklist
      01. Ljoss 02. Thor's Stone 03. Irby Tremor 04. Onward 05. The Weight of Gold 06. Anneka's Battle 07. An Hour 08. Gathering 09. The Plumes 10. Friend, You Will Never Learn
RA