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  • Uwe Schmidtが長年温め続けてきたAtom TMとしてのニューアルバム、『HD』がJustin Timberlakeの新作とまったく同じ発売日にリリースされるとは、なんとも興味深い運命のあやだ。かたやSchmidtは非常にコンセプチュアルな要素の強いドイツのエクスペリメンタル・レーベルから華奢なコンピューター・ミュージックを作り、かたやTimberlakeは(言うまでもないことだが)トップ・チャートの最も象徴的な存在だ。見た目上は彼ら双方において共通項は見られないとはいえ、『HD』の奥底で鳴っているコンピューターで変調されたヴォイスはTimberlakeの名を呼び、彼の真似をして"give us a fucking break"と懇願しているのだ。そうした点を踏まえると、Atom TMによるこのアルバムがTimberlakeの『The 20/20 Experience』における慇懃なジョークを正反対に裏返したものだとも考えられる。 それでも、SchmidtとJustin Timberlakeの住む世界は人々が思うほど共通性のないものではない。世が世なら、Timberlakeのリード・シングル"Suit & Tie"とAtom TM "I Love U"(Jamie Lidellにインスパイアされたヴォーカルがフィーチャーされている)はポップ・チャートの上位を競い合っているかもしれないのだ。Schmidtのファンの多くはサウンド至上主義者であろうし、タブロイド紙を隅から隅まで読んでいるような人たちではないだろうから、こうした仮説の展開は荒唐無稽なものとして映るだろう。私自身、この『HD』がポップ・ミュージックの領域に変化をもたらすほどのものではないと考えてはいるのだが、このアルバムが彼の批評性における核心にまで迫っていることは確かだ。キャッチーな音楽それ自体に文句を付けようと言うのではない。問題は、ポップ・カルチャーの地平に根付いたお仕着せの枠組みだ。アルバムの9曲を通して、Schmidtはポップ・カルチャーとしての音楽を自由に解放しようと試みており、彼のキャリア上他に類を見ないほど楽しげなトラックが並んでいる。 過去のAtom TMのディスコグラフィー同様、このアルバムの核に存在するエレメントは恐ろしいほど入念に仕上げられており、うわついたサウンドというものはただのひとつも存在しない(Schmidt自身はこの『HD』はHard Diskの略だと語っていたが、High Definitionの略ともとれるだろう)。『Liedgut』といったアルバムは耳に心地よいものだったが、このアルバムはそれらと同じアプローチで心地よくさせようとはしていない。"Pop HD"や"Strom"といったアルバム冒頭の曲を聴けば、Schmidtがコンピューターのモニターを鏡代わりにして彼の髭を整えながら、ハードドライブのグリッチをコーディングしたり、サウンドを細かくスライスしているムードが伝わってくるだろう。『Liedgut』などのアルバムと今作が決定的に違う点は、その驚くほどのシンプルさとサウンドにおいて狡猾なまでに埋め込まれたキャッチーな要素だろう。一見したところでは、Schmidtはポップ性を好意的に受け入れているように見え、The Who "My Generation"を安っぽく聴こえてしまうほどやんちゃにカヴァーしたりもしている。しかし、この作品は子供騙しのような類のものではない。"I Love U"や"Empty"でのメジャーなポップ・カルチャーに対する皮肉と批評性は聴き返すたびに強く印象づけられる。 このアルバムではSchmidtの「やりすぎ感」も時折見られる。"Stop (Imperialist Pop)"は不機嫌なパンク調の曲で、ラウドさもクリアーさも臆面も無くまとめて曝け出している。この『HD』はかならずしもわかりにくいアルバムではなく、素直に聴いてみる方がベストだ。勇ましいエレクトロにミステリアスな要素をたっぷりと詰め込んだ"Riding the Void"はダンスフロアーでも機能すると同時に、ダンスフロアー的な場所での知性の不在さえも示唆している。全体として、この『HD』にはスノッブさとポップさが同居している。もちろん、聴き手がそう望みさえすれば陶酔的な作品にもなり得るだろう。
  • Tracklist
      01. Pop HD 02. Strom 03. I Love U 04. The Sound of Decay 05. Empty 06. Riding the Void 07. Stop (Imperialist Pop) 08. My Generation 09. Ich bin eine Maschine
RA