Moiré - Never Sleep

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  • モアレ・パターンとは、デジタル・イメージの技術において重ねあわせのずれやグリッドの不整合によって生じるエラー的な効果である。その名称をアーティスト名に冠したMoiréは、それがActressのレーベルWerkdiscsからリリースされるという事実も相まって深い暗示性を帯びており、濃密なマルチ・レイヤーや散らばったクォンタイズ、グリッチ(エラー)への崇拝といったものを予感させる。しかし、どうやら我々の安易な予感はその通りにはいかないようだ。Actressの近作「Silver Cloud EP」に比べれば、このMoiréによるデビュー作は驚くほどにストレートなものだ。 とは言っても、これはいわゆるクラブ・フレンドリーなEPではない。タイトルからも窺える通り、この「Never Sleep」はあきらかに慢性的な不眠症による産物であり、UKクラブ・ミュージックにおける繊細なリズムの不安定さや型破りな構造にたいする不眠症患者からのラブ・レターといった趣だ。LessonsとシンガーのHeidi Vogelとの共作である"Lose It"は冒頭から力強く迫り、沈み込むようなベースラインは唸るようなキックと共に見事なテクノ流儀でせめぎあっている。しかし、Vogelのスポークン・ワードのリフレインは冷たく震えるようなムードであり、その一方で揺れまくったハイ・エンドが不安定さを演出している。ダンスフロアー的なエピファニーに対する内省的な叙情歌ともとれるが、そうではないとも言える。 ほかにも、"Into"での凍てつくようなベースラインにはイギリス中部地方におけるジャッキン・シーンからの影響も感じられるが、その陽焼けしたようなアトモスフィアはダンスフロアー的な攻撃性とはほとんど無縁なものだ。いっぽう、"Drugs"はそのタイトルからも想像できる通り、殺伐さと神経過敏な多幸感のあいだを行き来する不規則な変動は粗悪なドラッグを摂取してクラブの混雑のなかに放り込まれ、圧倒的な疎外感と格闘しているかのような感覚を思わせる。これだけでもかなり充実したリリースと言えるが、Actressによる"Lose It"のリミックスはより少ない要素でどれだけのことができるかを見せつけている。無限に続くかのような不可解で蜃気楼のようなループ・テクノはまさにおなじみの手法だが、やはり魅惑的であることは変わりない。
  • Tracklist
      A1 Lose It feat. Heidi Vogel A2 Drugs B Lose It (Actress Remix)
RA