Zip - fabric 67

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  • 過去10年以上ものあいだ、Thomas FranzmannことZipは一部の熱狂的なファンからの絶大なリスペクトを獲得している。いわば、彼はカルト的な人気者であると言える。その熱烈な賞賛の根底には、彼のDJセットや現代で最良のハウス・レーベルのひとつであるPerlonのレーベルカタログからにじみ出る彼独自のセレクターとしてのスタイルにある。そのDJセットにしろレーベル運営にしろ、そこでZipが一貫して表現しているのはモダンで楽しさにあふれたハウスの実験性だ。そもそも彼はひとりのDJとしても非常に素晴らしく、大胆さとクレバーさを同居させたミックスによって、誰も知らないようなレコードの数々を悪戯っ気まじりにプレイする。一部の人々にとっては、彼のレコードバッグの中味にどんなレコードが入っているかを見にいくということがその日クラブに出かけるための十分な理由になり得るし、「Zipがプレイしたレコード」というフレーズはHardwaxにおける「tip!」とほぼ同等の魔力と信頼性を得ているのだ。 これほどの強烈な力量を持ちながらも、一貫して控えめな存在感を(あえてそうしているのだろうが)保ち続けているアーティストとしてもZipは稀有な存在だ。デジタルに対しても目もくれず(Perlonはいまだにヴァイナルのみのリリースを続けている)、メディアでの露出にも興味を示さず、DJと作品のリリース以外のキャリアにおける名声にもまったく興味がないといったそぶりだ。他のひとたちであれば苦心して積み上げて保とうとするアーティストとしての神秘的なオーラを、Zipはいかにも自然に、何の苦もなく纏っているのだ。彼の控えめさはDJでも変わらず、世界中でギグを展開するよりも住み慣れたベルリンでのプレイを選び、毎月第一金曜のPanorama BarではSammy Deeと共に「Get Perlonized」のホストを過去8年間続けている。かつて、あるパーティでZipがいかに彼自身のDJスケジュールが暇だらけなのかを他のDJに対して冗談めかして自慢していたが、それにしたって、彼があえて意図的に露出を控えているからこそなのだ。それでも、Zipは過去のRAの年間トップDJランクから外れたことはないし、ランクインしている他のDJたちのほとんどが彼の2倍以上のギグをこなしていることを考えると、なおさらZipの影響力が依然として強力なものであるという事実が浮かび上がってくる。しかし、その理由は至極シンプルなものだ。つまり、どれほど凄いニューカマーが現れようと、ある一定の人々にとってはZipが最良のDJであることにかわりはないということなのだ。 今まで書いてきたようなあれこれを踏まえると、fabricシリーズにZipが登場するという事実はなおさら興味深い。Zipのように非常にオブスキュアな未発表作品や今後も世に出ないであろう作品を中心にプレイするDJがコマーシャル・ミックスをリリースするとなれば、そのライセンス作業はおろかトラックリスト作成でさえ大変な労力が必要となるだろうし、それがこれまでZipがこうしたミックスCDを発表して来なかった大きな理由でもあるのだろう(もちろん、この場合彼が過去にミックスした『Superlongevity』コンピシリーズは別だ)。彼の控えめさは、このミックスのプレス・リリースにも表れている。大抵、こうしたプレス・リリースにはアーティスト自身の言葉による詳細なコメントが記載されているものだが、彼の場合はただシンプルな言葉が並べられているだけだ。「このミックスで使ったのは2台のターンテーブルと2台のCDJ、あとは僕のお気に入りのミキサー。スタジオに1人きりで籠って、大昔にミックステープを作ってた頃を思い出しながらミックスしたよ。ただし、今回の場合はちょっとばかりプレッシャーがあったけどね・・・。」 そのコメントを額面通りに受け取るわけではないが、たしかにこのミックスにはそうしたシンプルさが根底にある。リラックスしているし、飾り気のない素朴さがあふれている。このミックスを最初に聴いた第一印象はやや地味なものかもしれないし、Zip独特のマジックにもやや普段より欠けている(ここには「これは一体何なんだ!?」と思わせるような、いわゆる"WTF" momentsは無い)かもしれないが、じわりと聴き手を浸食してくるような魅力がある。すべての選曲にはZip自身のユニークな耳とDJとしての長年のキャリアが裏打ちされているのだが、その最たる好例は1996年にリリースされた既に廃盤のアルバム(じきにリイシューされるのだが)から選ばれたハウストラックNail "Till the Feelings Gone"あたりだろうか。クラブでのプレイと同様、Zipはとてつもないスペース・アウト感覚を発揮しつつ、しかるべき局面ではしっかりと地面に着陸する。その手法が最も効果的に表れているのは終盤の2曲で、"Blackholes (Sun of God Remix)"でのラフ・エッジな奇怪さから、Isolée "Music"での人懐っこいメロディが続くところだ。 聴き手の期待を裏切るというわけではないのだが、このミックスには確かに特別な何かが感じられるものの、何か微妙な領域が欠けているような気がする。そのちょっとした何かさえあれば、この『fabric 67』は文句なしの傑作であっただろう。過去数年、我々は沢山のミックス作品がmix CDというフォーマットの可能性に挑戦してきた経緯を目撃してきた。たとえば、Levon VincentやBen Klockがfabricから発表したミックスではそれぞれのアーティストが持てる力量をすべて注ぎ込んで、各自が持つスタイルの独自性を克明な色彩とともに刻み付けてきた。しかるにZipが持っている独自性をもってすれば、彼のミックスも前述の2人のようなエポックメイキングな作品を用意できたであろうことは想像に難くないのだが、ここではそうした化学反応は起こっていない。しかし、こうした見方は単なる外野からの深読みにすぎないのだろう。この『fabric 67』にZipの力量すべてが注ぎ込まれているかと問われれば、ノーとしか答えられない。しかし、そんなすべてを出し切っていない状態でさえ、ZipというDJは充分に特別な存在だ。