Lee Gamble - Diversions 1994-1996

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  • プレスリリースによると、この「Diversions 1994-1996」のために制作された2つのロング・トラックはLee Gamble自身がコレクションしていたジャングルのカセットテープを素材としているそうだ。10代の頃にジャングルに夢中になっていたというGambleはこの作品において「オリジナルの素材が持つ象徴的で固有の質感を表現するべく抽出・拡大する」という意図を持ってジャングルへのトリビュートを示している。 たとえばロンドンのEntr'acteなどのレーベルからリリースされたGambleの過去の作品は人工的な質感を濃密に詰め込んだ意図が感じられたものだが、PANよりリリースされるこの「Diversions 1994-1996」では彼自身の自己主張はいったん抑え、その素材が持つ本質的な質感を残しながら、その霞んだ澱みのようなものを増幅することに専心している。たしかに、サイドBの最後の部分ではブレイクビーツ的な表情が見え隠れしてはいるのだが、全体的なその音像は硬質な印象を残している。そこには煌めくような美しい瞬間がつぎつぎと現れては消えていく。この「Diversions 1994-1996」は、おそらく最盛期のジャングルが持っていた実験精神を最大限に引き出した作品と言えるのではないだろうか。荒涼としたポスト・インダストリアル的な世界観や平衡感覚を失わせるようなムード、そして猟奇的なパラノイアを織り交ぜ、官能的で夢想的な文脈に見事置き換えて見せているのだ。 かつてのジャングリストたちにとっては、そうした展開は過去の隆盛時代の記憶を思い起こさせる明確なトリガーであるはずだ。サイドAはまずディーバの呻きが薄暗く引き伸ばされ、戦慄を催すようなサイファイ調のパラノイアに着地する。そこには、808の荒々しいビーツに軽やかで美しいパッドが薄雲のように広がっている。サイドBの中盤になると、多幸感が少しずつ顔を覗かせはじめるがやはり主役はズキズキと痛むほどのインダストリアルな粒子だ。それでも、もともとの素材に対するGambleのアプローチは巧みなほどに婉曲的だ。この作品に一貫した物語性を発見することはできない。しかし、特定の時間や場所における記憶の喚起、もっと言えば個人的な記憶を呼び覚ますという点において、この作品は悪辣さをはらんでいると同時に強烈な一撃である。