Matthew Dear - Beams

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  • そのキャリアの初期においてミッドウェスト随一のマイクロハウス・プロデューサーとして名を馳せたMatthew Dearは、世界的なダンスミュージックの潮流に目配せしつつも、ここ5年ほどでアメリカにおける過去の膨大なロックの遺産を取り込んだエレクトロニック・ミュージックへとシフトしてきている。その作風はまず『Asa Breed』に端緒を発し、2010年に発表した傑作『Black City』ではまるでBrian EnoやTalking Headsが乗り移ったかのようなテック・ポップへと達した。それ以降も、彼はエレクトロニック・ミュージックというスペクトラムにおける最もポップな側面をめまぐるしいスピードで模索し続け、我々の興味を釘付けにしてきているのだ。 そして5枚目のフルアルバムにあたる今作『Beams』でも引き続きポップとエレクトロニックの広範なクロスオーヴァーを模索しつつ、ずいぶん久し振りに彼の初期作品における(マイクロハウス的な)作風が復活してきてもいる。Dearは最近のインタビューでそれまで住んでいたブルックリンから郊外の田舎へ引っ越したことについて語っていた。それを踏まえて考えると、この33歳のプロデューサーが『Black City』で試みていた夜の片隅をそのまま切り取ったかのようなダークさがこのアルバムでも依然として健在とはいえ、とりわけこのアルバムの後半で表出する暖かでピースフルな展開は実に興味深い。 まずは"Earthforms"での冒頭から溢れ出る、アフロ調のギターと揺れるベースが織りなす密林のようなグルーヴに耳を傾けてみよう。そこには彼のトレードマークと言える、エンジンが唸りをあげるようなマシーン・グルーヴが依然として感じられる。たとえば"Get the Rhyme Right"でのスローなギターの爪弾きやゆったりとしたベースからは、Dearが"You Put a Smell On Me"で試みていたようなスリージーなファンク感覚を再び落とし込んでいることが分かるはずだ。無我夢中で跳ね回るような"Fighting is Futile"では、不明瞭で早いピッチ処理を施されたヴォイスサンプルがDearのドラッギーなヴォイスと弧を描くようなシンセ・ラインと絡む。リード・シングルともなった"Her Fantasy"は間違いなくアルバム中でも傑出したトラックで、遠くから響くようなヴォーカルサンプルが埋め込まれた冒頭から、やがてサイレンのようなループとネオンのように輝くアルペジオのレイヤーが重なる。"Up and Out"と"Overtime"は共にサイボーグ・ファンク調に仕立てられており、筋肉質なベースラインとぎくしゃくしたギターによってぐいぐいと前に進み、そのエッジは微細な色彩のシンセで埋められている。 しかし、アルバムが後半へと進むにしたがって、前半までのセクシーなドライブ感に変化が表れはじめる。この思慮深さや内省志向はDearの音楽性における気楽さと絶妙に対比されているのだ。たとえば"Ahead of Myself"はまるで子供のようなサウンドで、柔らかくうねるシンセとスローなリズム、そして"there were days without rest(あのころは休むことなんて知らなかった)/ but wait I'm getting ahead of myself(でも今じゃ自分で自分を追い越しそうになってしまってる)/ feel like running(まるで走っているみたいに)/ but I gotta stay put(それでも、じっとしていなきゃ)/ cause I'm getting ahead of myself.(じゃないと、自分で自分を追い越してしまいそうだ)"という詞は、まるで彼の内面を覗き込むような感覚にさせられる。"Do the Right Thing"は同様にダウナーで、交差するシンセのメロディは子守唄のようにも聴こえてくる。"Temptation"では粒状のサウンドの波をブラインドで遮るようにDearのエモーショナルなヴォーカルが覆っている。音楽的な面から見れば、こうしたアルバム後半の展開は楽観主義的で前向きなムードを感じさせてもいるが、同時にここ数年のDearのサウンドにおける進化が最終段階に入ったことを窺わせる。もし、このアルバムを「彼らしくない」と言うのは簡単だが、このアルバム後半は彼が新たな環境での心地よさを反映していることも確かに匂わせている。そう、セメントとガラスに覆われた都市の生活から解放されて、彼は立ち止まって思いきり深呼吸できる場所を見つけたのだろう。
RA