Flying Lotus - Until the Quiet Comes

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  • 進化し過ぎるとはどういうことなのかという疑問に対し答えを出すには、Flying Lotusと同じ地平に立ってみなければ不可能だろう。このロサンゼルスのプロデューサーが放ったサード・アルバム『Cosmogramma』は彼のアーティストとしての評価を上げるとともに商業的にも成功した作品であった。彼の登場はまさしく正しい時に正しい場所であったというべきで、広く称賛された『Los Angeles』を足がかりに、Flying LotusことSteven Ellisonは自身が思うままに制作を続け、ドラムンベースにハープなどの具体音をミックスし、独自のゾディアック的世界観のもと自身の音楽を表現してみせたのだ。 『Cosmogramma』が世界中のマインドとウーファーを飛ばしてから2年と少し経ったが、前作と変わらぬエナジーを封入し、Ellisonは(彼自身の言葉によると)「より濃密な」制作過程を経て新作『Until the Quiet Comes』を世に放つ。冒頭からリスナーを混沌の泥沼に放り込むようなこのアルバムだが、同時にその沼から引き上げる助けの手とスマイルも秘められている。"All In"での煌めきはトラック全体に溢れているし、"The Nightcaller"にはLawrence Welk的というか、Alice Coltrane的でもあるビバップ調のコーラスが包み込んでいると思いきや、天国のJ Dillaも思わずニヤリとさせるグライミーなビート・スケッチへとぶっきらぼうに展開する。 しかし、ここからアルバムは再び浮かび上がるような展開をみせ、このアルバムにおけるある主題が頭をもたげはじめる。 シリアスな本格派俳優がコメディをやるとたいていの人々は過小評価してしまうものだが、それはこのアルバムにも同様のことが言える。このアルバムにおける多幸感あふれるトーンを理由に、このアルバム自体を軽い作品として扱ってしまったり、Ellisonが退行してしまっていると判断するのはあまりにも安易だ。『Cosmogramma』は名作と呼ばれるにふさわしい堂々たる風格を持ったアルバムであったし、アーティスト自身がハードな作業をこなして削り出したかのような汗臭さがあったが、今作での"Getting There"などを例にとると、非常にリラックスしてウィードをふかすかのようなアーティストの姿が見え隠れする。 実際にそう考えてみると、このアルバムは全体としてそうしたサウンドに聴こえる。そう、「心地よい」ということだ。しかし、それは決してシンプルな類の心地よさではない。このアルバムには、目を見張るべきたくさんの聴き所が用意されている。"Tiny Tortures"でのつぶやきを注意深くヘッドフォンで追ってみたり、"me Yesterday // Corded"でのシームレスに浮かび上がるようなセカンド・セクションへの移行などもそのひとつだ。アルバム中盤になると、"Sultan's Request"では何か特別な展開を期待させるような予感を匂わせはじめ、それはすぐに"Putty Boy Strut"でクライマックスを迎える。タイトルトラックではそこから再び深く沈み込み、Erykah Baduとのコラボレーションとなる"See Thru To U"でにわかに再浮上する。このトラックはアルバム中でも最も調和性の高いものであると同時に、最もアブストラクトなムードを内包している。トラックの深さも尋常ではないが、Baduのヴォーカルはそこからさらに深い煙のなかに包み込まれており、まるでその煙を掻き分けて彼女が目の前に現れるような感覚を覚えさせる。これはあくまでもこのアルバムに秘められたトリックのひとつで、この作品にはまだまだそうした仕掛けがたくさん隠されている。ただ、そこに浸り込めばいい。
RA