Darling Farah - Body

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  • Darling FarahことKamau BaaqiがまだUAE(アラブ首長国連合)に住んでいた2008年にIdiot Musicからリリースした「Hair Down EP」を聴き返すと、当初から彼が身につけていたサウンドの抑制ぶりにあらためて驚かされる。当時弱冠16歳だった彼が作り上げたこの時期の作品はたくさんのアイデアで空間が埋め尽くされ、その濃密なプロダクションゆえにリスナーを圧倒していた。Civil Musicからは非常に高い評価を得た2011年リリースの2枚のEP「EXXY」「Division」に続き、Darling Farahのデビュー・フルアルバムがここに届けられた。先に述べた2枚のEPでのキャッチーさを引き継ぎつつ、ここで彼の興味の中心となっているのはやはりその濃密で密閉された空間の使い方だ。 このアルバム「Body」でまず耳に飛び込んでくるのはその広大なパラメーターから戦慄とともに繰り出されるインダストリアルなサウンドの質感だ。"North"での揺れたシンコペーションを纏ったキックによるミニマリズムの実験はサブベースの引力から遊離するような感覚をもたらす。豊かな低域に自覚的な多くのダブステップ・プロデューサーたち同様、Baaqiもまた戦慄に満ちた空間性を創り出す方法を知り抜いている。"Realised"では圧倒的な808パーカッションに洞窟のようなムードを埋め込み、"Fortune"ではダブ・テクノの肉体的な脈動を取り入れた上でそれを痙攣気味にスローダウンさせ、電子的な処理によってすべてのコードが穴だらけでぼやけた輪郭に加工されている。 Baaqi自身の流転した半生もこの作品には反映されている。彼はもともとデトロイトで生まれ、家族でアブダビへと移住し、現在ではロンドンに居を構えている。そうした彼の出自を考えれば、このアルバムに漂う風土性や土地性といったものの不在はまったく驚くべきことではない。"Bruised"では初期のダブステップが持っていた孤高のムードをあぶり出しながら、その一方で毛羽立ったシンセの音色とホラー映画のようなアンビエンスの洪水が"this is it."と囁く少女のヴォーカルのまわりを取り囲んでいる。予想通りと言うべきか、そのヴォイス・サンプルはピッチを落とされた状態でトラックに溶け込んでいる。アルバム中屈指のハイライトと言えるだろう。 もちろん、こうした濃密なムードばかりが続くとリスナーはどうしてもそれに慣れてしまい、徐々に飽きはじめてしまうものだが、そこでBaaquiはビートレスの"Aaangel"で巧みにアクセントをつける。大胆なアルペジオ・シンセが配されたこのトラックはアルバム中のかすかな息抜きにもなっている。それでもやはりこの若きプロデューサーが創り出す過剰ともいえる荒涼さは評価すべきで、このアルバム『Body』の持つ濃密かつ饒舌なムードは決してリスナーを飽きさせることはないはずだ。
RA