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  • Actressを普通のテクノ・プロデューサーとして認識している人はまさかいないだろう。Werk Discsの創始者でもある彼は、エレクトロやヒップホップ、ハウス/テクノがぶつかり合う境界線を過去8年の間漂い続けてきた。その結果辿り着いたのは、かつてUnderground Resistanceが掘った窪みに煙をいっぱいに溜め込んだような独自の境地だ。彼の創り出す生々しく容赦のないサウンドデザインが刻み込まれた作品は、クラブというよりはサウンドそのものの現象が主張するサウンド・インスタレーション的な環境でこそ機能する側面を強く持ち合わせている。そもそも、このDarren Cunninghamという男はサウンドの現象性という点について複雑な感性を持っており、そのトラックが深く沈み、かつ歪んだ分厚いフィルターに浸されたものであっても、その偏執的ともいえるディテールへのこだわりによってその一見ロウファイ的な表面からは予測できないほどの繊細なニュアンスが滲み浮かんでくるのだ。彼が2010年にリリースした『Splazsh』において、そのモノトーンで均質的な内容にもかかわらず異例の中毒性と興奮をもたらしたのはまさにそうした技巧によるものだろう。どれもが似通った傾向に陥りやすいダンス・ミュージックの世界において、彼のような存在はまさしく異端児と呼ぶに相応しい。彼の音楽を形成した影響源は非常に複雑な暗号化を施され、決して簡単に読み解くことはできない。 『Splazsh』『Hazyville』といった過去のアルバムが根本的にはビートを基調に置いたトラックで構成されていたために、それらはテクノ/エレクトロ作品として受け止められていたようだが、この『R.I.P.』に関して言えばこのアルバムは隔絶された宇宙の内面に深く没入したかのようなムードを放っており、あらゆる既成のジャンルにおけるリズムを地中深くに葬り去っているかのようでもある。このアルバムの疑似コンセプトは「庭園、蛇そして神話上の洞窟」であるらしく、すべての要素がそのコンセプトを軸とした物語性に基づいて紡がれている。もともとActressが創るレコードは多少の物語性を帯びてはいたが、この『R.I.P.』ほど明確に打ち出されることはなかった。暗闇の中を恐る恐る躓きながら進む中に、一筋の光が時折差し込んだり未知の生物に出会うような感覚と言ったらいいだろうか。 このアルバムは曲順も非常に細かな配慮がなされていて、スローなアンビエント・トラックであるタイトル曲からはじまり、そこからまさに上昇していくような"Ascending"を経て"Marble Plexus"へと到るあたりではどこか生々しい感覚がじわじわと滲み浮かんでくる。くすんだベースや鏡を目まぐるしく反射させたような光が飛び交う中、シンセはそれらの下に埋没し、そのメロディはランダムに捩れたり振動したりする。"Plexus"はこのアルバム独特のオーガニックさを如実に反映した1曲と言え、ソフトウェア・シンセやプラグインによる音色よりもさらにその繊細なアプローチが際立っている。このアルバム固有の質感は過去のActressの諸作に比べてもその即興的な要素が強く押し出されており、壊れた回路やデジタルノイズのような音色に満たされながらも依然として整然とした統一感を保っている。 アルバムも中盤になると、さらに挑戦的なトラックが続く。"Jardin"はまさしく未知のサウンド・ライブラリーのなかを探っているような感覚だ。方々に散らばったドラムは綿密なパターンを形成し、濡れた大地にゆっくりと沈み込んでいくかのようでもある。"Serpent"や"Shadow From Tartarus"といったトラックではにわかに活気づくような印象もあり、とりわけ後者のトラックはエレクトロにおける定型の残滓を匂わせつつ、未知の深さをたたえている。 このアルバムで最も素晴らしいもののひとつとして挙げられるのは、人間とマシーンが不可分に一体化するその瞬間であり、それこそCunninghamの類稀な資質の一端でもある。キャッチーにもなりかねない要素を持った"Tree of Knowledge"でも、彼はそれを捩じ曲げてあえて居心地の悪い目眩のするようなトラックに仕立てていて、前作アルバムに収録されていた"The Lord's Graffiti"のような大胆な粗さと変動性を持ったトラックとは対照的でもある。もうひとつのこのアルバムの魅力はその疑似アンビエント的な要素であり、"Machine & Voice"や"Maze"のような過去の作品で聴かれたような脆く壊れやすいビートは今作の"Caves of Paradise"のように機知に富んだ形で消化されており、波のようなベースラインとうめきともチャントともつかない不穏なサンプルの上で跳ね回っている。 これほどまでにダンスという要素を除外したエレクトロニック・ミュージックという意味では、この『R.I.P.』は正しくはアンビエント・アルバムとしてカテゴライズしても良いのかもしれない。このアルバムで聴くことができる最良の瞬間は、過去のCunninghamの作品において感じることができた潜在的なアフロ・フューチャリスト的要素とは切り離して考えるべきだ。"N.E.W"は"The Lord's Graffiti"のグルーヴを解体したうえで、その隙間から吹き出す冷涼なの風のような感覚がじわじわと広がっていく。そのドリーミーさは、かつてのBrian Eno作品を想起させるほどだ。その蜃気楼のような5分間のトラックに浸っていると、アルバム最後を飾る"IWAAD"が霧の中をキックドラムが荒々しく掻き分けるようにスタートする。ストリングスやヴォーカルの破片はひりひりとしたムードを持ったまま燃え広がっていく。この圧倒的なアルバムの最後を飾るに相応しい、圧倒的なトラックだと言えるど同時に、これほどアンビエント的傾向の強いアルバムの中にあっても彼がこれほどエキサイティングなテクノ・トラックを披露できるとは驚きだ。それは、彼が所謂テクノ・トラックを作ったからというわけではなく、あくまでもActressらしいやり口でやってのけているところが痛快なのだ。『R.I.P.』は非凡な包容力に満ち、Actressならではのサウンドの世界が遺憾なく発揮された傑作である。