Kasra - Fabriclive 62

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  • 外部の目から見たドラムンベースのシーンは閉鎖的で親しみにくいものに見えるかもしれないが、ドラムンベースというものはその内部にいる者に対してもいつだって親しみやすいというわけではない。ドラムンベースとひとくちに言っても、その内部では無数のサブ・ジャンルに分かれており、その小さなシーンの中でのせめぎ合いはなかなかに苛酷なものだ。Hospitalのようなポップなアプローチのものはモダンなテックステップのような冷徹なミニマル性とは決して相容れないものだし、ドラムンベースというシーン全体をまとめて提示することは決して簡単ではない。ドラムンベースにはいまだに驚くべき多様性が潜んでいるだけに、この現状は多少歯がゆくもあるのだが。そんななか、Kasra率いるCritical Recordingsはこのドラムンベースの多様性を巧みに体現しており、その実験性と機能性のバランスは昨年Critical RecordingsがRAのLabel of the monthに選ばれた際にも称賛された。ロンドンを本拠にしたこのレーベルのボス、Kasraが手掛けるFabricliveシリーズ最新作は、2010年にInstra:mentalとdBridgeが手掛けた50作目以来のドラムンベース・ミックスとなる。 この『Fabriclive.62』にはCritical Recordingsからの作品が数多く収録されているとともに、親交の深いDJ FrictionのShogun Audioからの作品も収められている。非常にモダンなミニマル性を内包したスマートなミックスに仕上がっていながら、KasraやCritical Recordings独特の鋭いエッジも同居している。Rockwell "Underpass"のAlix Perezによる印象的なリミックスにはじまり、Foreign ConceptやDub Phizix 、Hybrisらの精緻なドラム・パターンを軸にじわじわとした展開を紡いでいくとともにCritical Recordingsの新人アーティストたちの作品をぬかりなく紹介している。Karsaは攻撃性は抑えつつも、肝心なところでは鋭さをむきだしにする。前半で使われるNoisiaの"Micro Organism"は堪え難いほどの緊張感に溢れており、破綻しそうなギリギリのところをかろうじてKasraのステディなミックスによってキープされている。 腐食したかのようなベースラインがうねりだすと、いよいよミックスの推進力における主役はそのベースラインに取って代わられる。この『Fabriclive.62』の中盤、Kasra & Enei "So Real"からベトナム戦争を想起させるBladerunnerの"Back To The Jungle VIP"までの展開はさながら170マイルの速度で疾走するドラムンベース・ライドといった趣で、途中Icicleのテクノ的なビートがいったんそのスピードを沈静化させるのの、June Miller & Proximaの"Killswitch Engage"でふたたび炸裂する。このミックスの疾走感は終盤まで続き、Strayの"Timbre VIP"でフィニッシュする。このフィニッシュの部分だけを取り上げてミックス全体の価値を計るのも妙な気がするが、"Timbre VIP"での野卑なタイムストレッチ・ブレイクはやはりこのミックス(そして時空連続体)に大きな風穴を開けるようなインパクトを有しており、1時間以上にもわたるミックスで溜め込んだエナジーを一気に放出したかのような爽快さがある。たとえその溜め込まれたエナジーに気付いていなかったとしても、否応無く引きずり込んでしまうようなパワーがこのパートには潜んでいる。 この『Fabriclive.62』において真に悔やまれる点は、そのオーディエンスがおそらくすでにKasraやCritical Recordingsを知っている既存のドラムンベース・リスナーだけに限られてしまうであろうことだ。しかし、このミックスで提示された現代のドラムンベースにおける多様性は、普段ドラムンベースに慣れ親しんでいないリスナーにも必ずやアピールするであろう類のものだ。Autonomicがそのなかに潜む優美さを曝け出し、Goldieがメロディの可能性を提示してきたドラムンベースの歴史の延長線上で、Kasraはドラムンベースがダブステップやテクノ、ジャングルと融和できる可能性を導き出し、このジャンルの多様性を見事に提示している。ドラムンベースは多様な色彩やムード、多角的なアイデアを反映できうるものだが、それらはすべてこのミックスに詰まっている。