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  • 1991年ロンドンでのある冬の夜、Gwen Jamoisは冷えきったスタジオの中で数個のアナログ機材を用いて行ったセッションを直接テープに録音した。少量の阿片とヘーゲルの哲学書だけを傍らに、「幸福とは雪に閉ざされた山中の小屋に閉じこもり、ただそこに存在するものだ」と著したThomas de Quinceyさながらのロマンを想起させるシーンだ。 月日は流れ、レイブの時代は終わりを告げた。20年後の今日、アシッドハウスにおける往年の実験主義と初期Warpの作品がふたたび再評価されつつあるなか、91年にJamoisが手掛けたジャムも遂に日の目を見ることになった。現在ではレアなレコードを紹介するウェブサイトを運営しているある人物によって保管されていたこのテープにはしかし、比類のない深遠さに満ちたサウンドが刻み込まれていたのだ。 この作品は決して考古学的な興味においてのみ評価されるものではない。真に奇妙でありながら、きわめて瑞々しいこのアナログ・テクノの数々は現代の作品群にもまったくひけをとらないアヴァンギャルド性すら備えているのだ。しかし、このテープが20年前に録音されたという歴然とした事実がある以上、やはりこれは当時でしか生まれ得なかった音楽なのだと言わざるを得ない。電子楽器による作曲がまだまだ未発達であり、その制作上のルールも存在しなかった当時ならではの生々しさをこの作品はまざまざと伝えている。シンセは怒った鳥のように暴れて飛び交い、オーバードライブ気味でざらざらとしたドラムはそこら中を自由に駆け巡っている。その荒々しさはアシッド的な要素と相まってさらに強調されている。最後のトラックにはかろうじてメロディらしきものが含まれているが、それとてアンフェタミン的な脅威を強調するために使われているのみだ。とにかくすべてが予測できない不可思議性に満ちていて、まるで印象主義の嵐のような作品だ。Jamois自身がこのセッションを手掛けたのは明白な事実だが、私には機材が勝手に暴走して録音したかのような印象さえある。
RA