Symmetry - Themes for an Imaginary Film

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  • 音楽批評の場において「映画的/映像的」という形容は大抵なんらかの固有の意図を持って使われるものだが、はたしてその形容は何を表しているのだろう?そのムードに通底する深み?スコア(譜面)的な音楽のクオリティ?それともその焦点深度?Troubleman Unlimitedのオフシュートレーベルとして知られるItalians Do It Betterはここ最近その親レーベルよりも活発な活動を見せているが、イタロ・ディスコの伝統を確かに引き継いだその映像的なサウンドで高い評価を得ている。それはヴィンテージ・レプリカとも捉えられかねないが、彼らのサウンドが持つ独自のテクスチャーやニュアンスは確かに彼ら自身によって作られたものであり、その音楽性に潜むオールドスクールさは本物だ。 彼らのサウンドの世界は茫洋としながらも劇的で、皮を一枚剥ぐと大きな悲壮感が横たわっているかのように複雑な感傷性を有しているが、素面のままでDavid Lynchの映画を見ているような感覚…と言えば多少は伝わりやすいだろうか。昨年Ryan Goslingが主演を務めたネオ・ノワール的スリラー作品『Drive』は鈍感なハリウッドの連中さえ注目させた作品だったが、その劇中で使われていたイタリア調のアルペジオ・シンセや不気味なヴォーカルはその作品で描かれた手の付けられない悪党どもと金ラメのトラックジャケットが作り出す世界観にぴったりのオルタナティブなポップミュージックとして見事にフィットしていた。 Johnny JewelがNat Walkerと共に手掛ける最新のプロジェクトであるSymmetryには、まさにそうした固有の映画的な要素が感じられる。しかしこのプロジェクトの野心的なデビュー・アルバム『Themes for an Imaginary Film』ではまた別の恐るべき方向性が秘められている。このレコードに潜む無秩序でありながらも神秘的で、没入させるようなムードは「映画的」と言うよりむしろ「文学的」と評した方がより正確だろう。Jewelが前述の映画『Drive』のサントラに取りかかっていた時点では、このアルバムはサントラというよりはそれ単体で成立するような、音楽自体に緻密なストーリーテリング性とテーマ性を与えたいと考えていたそうだ(最近Pitchforkに彼が語ったところによると、プロデューサーが最終的により著名な映画音楽のヴェテランCliff Martinezに依頼することを決定する以前からJewel自身はその作曲に取りかかっていたそうだが)。 このアルバムは『Drive』と同様に、時計が秒針を刻む音と耳障りな警察無線のフリーケンシーで始まるが、両者の共通点はせいぜいそれぐらいのものだ(『Drive』を観た人々の印象に残っているであろう、College and Electric Youthが手掛けたテーマ曲"A Real Hero"のようなわかりやすいポップ性はこのアルバムには無い)。この無機質な秒針の音はしかし、不規則な16分音符となって無機質なドラムマシーンの響きやステップシーケンサーが繰り出す36もの気怠いヴァリエーションと重なることでアルバム全体を決定づける重要な要素となっていく。 "City of Dreams"での狂乱がひとしきり終わると、"Over the Edge"が真夜中のハイウェイに誘う。幻惑的なストロボのスローモーションを思わせる街灯が後方に飛び去り、いつの間にかどこか遠い場所へと我々を連れ立って行く。どこをどう切ってもJewelらしいサウンドだが、今作ではさらにストレンジで多くの新機軸が埋め込まれている。"Behind the Wheel"での固まったようなストリングスはきわめて遅い時間軸に我々を誘い込み、"Jackie's Eyes"や"Winner Takes All"でのメロドラマティックなコードは深い孤独感を滲ませ、"The Fading Faces"でのあまりに優美なベルの音色は純粋な時間の在り方そのものを鋭くフラッシュバックし抉り出す。しかしJewelはしっかりとした音楽的比喩のもとにこれらを構築しており、"Mind Games"のような不気味なアンビエントでは彼の洗練された作曲技術の片鱗を垣間みることが出来るはずだ。すなわち、寡黙な展開、もしくは沈黙にすら近い展開であっても彼はリスナーたる我々を決して置き去りにはしないのだ。 アルバム中唯一となるヴォーカル・トラック( ChromaticsのRuth Radeletによる控えめで無表情なヴォイス)の"Streets Of Fire"で今作は幕を閉じるが、ここにきてようやくリスナーはこの作品がItalians Do It Betterからリリースされたものであることを再認識するだろう。それにしても、ビートは別とすればこの曲はJewelが過去に手掛けたどんな曲よりも暗さに溢れている。"My eyes blind by headlight glare, I'm still here(私の眼はヘッドライトに眩み 私はいまもここにいる)"とRadeletが溜め息のようなヴォイスで唄い、トラックと見事な調和を見せる。Italians Do It Betterからリリースされるものが特異な人間性をエレクトロニック・ミュージックの枠組みにおいて表現していると仮定するならば、このトラックで表現された壮大なサウンドは真の意味での人間の不可思議性を喚起していると言える。このアルバムを聴き終える頃には、あなたはベッドに横たわり幻影が揺らめくような感覚を味わうことだろう。そして、この『Themes for an Imaginary Film(架空の映画のためのテーマ)』を聴き返すたびにその感覚は強く深いものになっていくはずだ。
RA