The Kilimanjaro Darkjazz Ensemble - I Forsee The Dark Ahead, If I Stay

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  • つい去年の11月に気付いたばかりだが、Jason Köhnenという男は飾り気のない皮肉まじりのユーモアや硬質で金属質の”ダンス”ミュージックに留まらない才能を秘めているようだ。彼の最も良く知られた名義はBong-Raだが、彼はこのThe Kilimanjaro Darkjazz Ensemble(以下TKDE)名義も並行して長く続けている。もともとは映画音楽のプロジェクトとして同じくUtrecht School of Arts出身だったGideon Kiersとともに2000年に始まったこのTKDEは『Nosferatu』『Metropolis』などのサイレント・ムービーに新たなサウンドトラックを制作したりしながら、2007年には7人編成のプロジェクトへと発展し、兄弟プロジェクトとしてThe Mount Fuji Doomjazz Corporationとしての活動も開始した。彼ら自身のデジタル・レーベルにおいて無料で配布されるこの『I Forsee the Dark Ahead, If I Stay』はこの異端の集団の音楽に初めて触れる人々にもうってつけの内容となっている。 このアルバムは過去5年にわたるライブショウから選ばれたトラックで構成されており、彼らのベスト盤的な側面とライブでのTKDEを知ることができるという側面を共に持ち合わせている。過去に発表されたコンセプト・アルバムからの楽曲も収録することで、『Here Be Dragons』や『From the Stairwell』といったサントラ盤と同様にTKDEの作品としての一貫した強度を有していると言える。Köhnen曰く、Bong-Raの作品同様に彼が作品を作る際は「ファンタジーの世界」へ没入するとのことだが、彼のそうした視覚的な作曲技法が最も良く表れているのがこのTKDEだと言うことが出来よう。彼の手掛ける作品はどれも名状し難いメランコリックな物語性を秘めている。このアルバムの最後に収められた"The MacGuffin"などはまさにその最たる好例だろう。15分を通して3つのサーガ(パート)に分けられるこの曲では、緊張感あふれるドローンの上で硬質なトランペットが不思議な音像を繰り広げている。 アルバムのタイトルこそダークな感覚を連想させるものの、実際はそれほど不穏な内容ではない。アルバムの大部分を覆うのは美しい叙情性であり、ジャズ影響下のポストロックを思わせる"Black Wings"はやんわりとしたエレクトロニカへの接近を見せつつ、Explosions in The SkyとThe Album Leafをクロスさせたような趣を感じさせる。"Adaptation of the Koto Song"はよろめくようなキーがアップビートなリズムと共に絡み、やがてサンバを思わせるドラムの展開に導かれて行く。実際には3曲の集合体となる6曲目"Senki Dala"ではVenetian Snaresの名作『Rossz Csillag Alatt Született』からの引用があり、史上初のブレイクコアとクラシックの邂逅がここで果たされている。こうした全く異なるもの同士を偶発的/カオス的に衝突させるこの手法こそTKDEの真骨頂だ。こうした多岐のジャンルにまたがるあらゆる作曲技法の応用はあきらかにKöhnenがBong-RaやTelcosystemsといったプロジェクトで培ってきたものだ。TKDEではさらに他の5人のメンバーが持ち込んだフリー・ジャズ、ポスト・パンク、ドローン、メタル、ファンク、グラム・ロック、クラシックなどの要素が混在しているにもかかわらず、実に見事な調和を見せている。 TKDEはあくまでも本質的にはバンドではあるものの、KiersやヴォーカリストのCharlotte Cegarraが加えるちょっとしたエフェクトは(ごく曖昧ではあるもの)エレクトロニック・ミュージックのタッチを感じさせる。とはいえバンドとしての彼らの一体感は実に特徴的で、Cegarraの澱んだオペラ的なヴォイスがシンセサイズされて陰鬱とした寂寥感となって他のインストゥルメントと共に溶け込む"Lobby"はその好例だ。薄気味悪い3次元的な世界に自己満足することなく、あくまでも有機的なミュージシャンシップがしっかりと貫かれているところが感動的ですらある。でも、ここに書いた僕のレビューはこの作品のある一面でしかないと思う。あなたもこの作品の魅力を自分で見つけてほしい。何と言ってもフリー・アルバムなのだから、失うものなんて何もないだろう?
RA