Floating Points - Shadows

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  • 正直なところ、個人的にはFloating Pointsに対して若干の不安があった。彼の"Vacuum Boogie"と"People's Potential"はたしかに2010年の僕のお気に入りだったし、そこでエレクトロニック・ミュージックにおける稀有な資質を示し、90年代後半の所謂ブロークン・ビーツの影(複雑で崩れたリズム、フュージョンへの偏向)を引き摺らない、新たなジャズとダンスミュージックの邂逅を聴かせてくれる兆しすら感じさせたものだ。しかしそれ以降、この若きロンドンのミュージシャンは暫くの迷走を続けていたように思える。Ninja TuneからThe Floating Points Ensembleとして発表された作品群はフェンダー・ローズと雨音を組み合わせることに執心し、詰め込み過ぎのような印象があった。反面、2011年6月に発表した"Sais (Dub)"はあまりに未成熟な印象であったし、その後に続いて発表された2枚のシングルは単体としての内容はそう悪いものでなかったとはいえ、やはり初期のトラックで聴かれたような特別な感触、つまり胸を打つような印象的な表現力に欠けていた。 しかし、冒頭に述べたような僕の不安は幸い杞憂だったようだ。「Shadows」と題されたこの5曲入りのEPには3つの傑出したトラックと2つの興味深いトラックで構成され、実に充実した内容となっているのだ。まずは2つの興味深いトラックから紹介しよう。まず、"Obfuse"ではフリーキーな808ビーツが唸り、"Realise"では2ステップ・ガラージをアンビエント的とも言える形に作り替え、それを再度2ステップに還元するという際どい実験をやってのけている。この2曲では奇妙かつ狂気を孕んだリズムがヒップホップ流のMPC捌きによって恐るべきハイスピードで展開されている。次は3つの傑出したトラックだ。まず、以前リリースされたダブ・ヴァージョンよりさらに3分長くなった"Sais"ではきらびやかな2ステップにアシッドなブリープ、生のオーケストラ・ストリングス、ジャズ・ギターの断片と思しきサウンドが乗っかっている。驚くべきはその構造のシンプルからは想像出来ないほどの豊かさをこのトラックが獲得している事実だ。それぞれのエレメントがゆっくりと視界に入ってきたかと思えば、いつのまにか消え去って行く。このトラックの全体像はまさにこの巧妙さによって増幅されている。 "Myrtle Avenue"も同様のトラックで、澄んだフェンダー・ローズの音色とRonny Jordan調のギター・リフがうねるドラム(生ドラムとマシーンの絶妙なブレンド)と絡み、彼のトレードマークとも言えるG-Funk調のリード・シンセと共に溶け合っている。10分間を通して、その密度は満ち引きを繰り返しながら最後の4分間ではデクレッシェンドとリプライズによって展開し、まるで情事のプロセスを思わせる。"Arp3"はとりわけ強力だ。タイトなローズのリフ、痛烈なコード・スタブ、灼けるようなハイハット、無愛想なシンセ・ベースが速めのハウス・テンポの上でさざめき立つ様はまさに強烈というほかない。他のアーティストたちが音圧で勝負する一方、Floating Pointsはあくまでもダイナミクスに拘る。彼の言う「ドロップス」とはまさに自由落下そのものであり、そこに壁は存在しない。その着地はかつてないほどスウィートなものだ。