RA.533 Tijana T

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    15 Aug 2016
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    01:17:31
  • ベオグラード屈指のテクノDJが登場
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  • 昨年末、Electronic Beatsが多くのDJにお気に入りのRichie Hawtin作品を選んでもらう特集を設けていた(英語サイト)。その中で特に面白かったのはTijana TことTijana Toborovicだった。彼女はセルビア、ベルグラードのクラブシーンの中心的DJ/ボーカリストだ。彼女が選んだのは"Minus Orange"、ベルグラードがNATOにより日常的な爆撃を受けていた90年代に同市で頻繁にプレイされていたトラックだった。「現実とは思えない状況で、強烈なパーティーが行われていた時代だった」と彼女は語る。「ベルグラードの伝説的テクノクラブIndustrijaは日中にオープンしていて、学校や大学が休校していたから、Industrijaに遊びに行っていた。'Minus Orange'は当時のアンセムね。私と同世代の人たちはこのトラックに強い結びつきを感じている」 以来、Todorovicはふたつの立場からダンスミュージックに携わってきた。ひとつ目はTVプレセンターとして、そしてその次に地元のDJとしてだ。現在の彼女はベルグラードのクラブシーンにおいて欠かせない存在であり、小バコの20/44や巨大なテクノ大聖堂Drugstoreといった重要クラブでレジデントを務めている。彼女の音楽嗜好は幅広く、DJスタイルも柔軟だが、RA.533で彼女が届けるのは、彼女とベオグラードのシーンに不可欠な混じり気のないサウンド、つまり、レイヴィーで爽快なウェアハウステクノだ。 そんなTijanaは翌週クロアチアのパグ島で開催されるSonus Festivalに出演予定となっている。 近況報告をお願いします 2016年は大忙しよ。国外のDJギグがこれまで以上に入っているの。いろんな場所へ移動して自分のDJを世界に披露しながら、新しいライフスタイルを学んでいるわ。実はすごいことがあったの! 目標にしていたことが実現したのよ。ずっと出演したかったクラブやフェスティバルに出演できたし、歴史や建築の本を読みながら夢見ていた場所にも行くことができた。地元にいるときは歌のレッスンを受けているの。そうすることで自分の魂を癒して、集中力を保ったり、音楽制作の過程でいろんな助けになったりすると信じているからなの。自分のやることにベストを尽くして、これまでになかった素晴らしい機会を大事にしようと思っているわ。 今回の制作環境を教えて下さい ベルリンの友達の家でCDJ3台、ミキサー、レコーダーを使って録音した。移動続きの真っ最中で締め切りまで時間が無かったから、今回のミックスは少し大変だった。ベオグラードにいるときにふたつのバージョンを試してみたんだけど、ベルリンでギグがあったからベルリンで録音することになったの。お気に入りのレコードを数曲デジタル化して、どこでも簡単に録音できるようにしたわ。すごくなめらかなミックスを作りたかったから、1日に何テイクも録音していたんだけど、後になって、レコーダーがライン入力の音じゃなくて外部の音をすべて拾っていたことに気付いたの。それで結局、締め切り当日に再チャレンジして1テイクだけ録音することになったわ。普段、ミックスを録音するときは1テイクでやっているから、結局今回もいつも通りね。 ミックスのコンセプトについて教えて下さい 考えていたのは、ベルグラードのクラブ20/44で私が一晩DJをしているときの雰囲気を味わえるミックスにすること。ここ5、6年は定期的にひとりで一晩中DJをしているの。自分のDJスタイルはそこから大きな影響を受けた。20/44はベルグラードの重要クラブで、川沿いに停めてあるボートが会場になっていて、そこから昔ながらの街並みと美しい日の出を見られるの。小さいクラブだけど、すごく強烈なパーティーもあるわ。20/44で何をプレイするのか自分でもよく分からない。1セットは少なくとも7時間はあるし。最近まではOffen Musicから再発されたRex Ilusiviiのトラックでそういうロングセットを始めていたの。今回のミックスもそうね。そうすることで雰囲気ができあがるし、自分がどんなDJかをはっきりさせることができる。ロングセットでは、アンビエントからハウスやディスコに流れていって、アシッドやテクノをかけて、再び、アンビエントに戻ることが多い。みんなの好まなそうなトラックをプレイして緊張感や不安感を演出することもあって、そうすれば、再び気持ちいい音楽をかけたときにポジティブな反応がより一層強くなるの。DJをする上で最もエキサイティングなのは意外性ね。20/44で朝方になると、いつもDJの内容がトリッピーになっていって、そこにクラシックなトラックをミックスしている。ポップなものなんかもミックスすることがあるわ。今回のポッドキャストでは今言ったような雰囲気が少しでも再現できていたら嬉しいわ。 あと、自分のパーティーに出演してもらった人たちや個人的につながっている人たちの音楽を使いたかったの。だから、VakulaとかGary Martinとかのトラックが使われているし、Abe Duqueとコラボレーションした私の初期作品や大好きなKim Ann Foxmanのトラックも入っている。ミックスを録音する前、彼女は今回だけのためにトラックを送ってくれたの。 あなたのことを初めて知ったという人に自己紹介をお願いします。最初はTVプレゼンターや音楽ジャーナリストだったんですよね? 私の経歴はワイルドよ。多くの"偶然の一致"と現実離れした話でいっぱいだわ。テレビで働きたいと思ったことは一度もなかったし、DJになりたいという思いもなかった。すべては自然の成り行きで、私はそれに合わせていただけ。私はスペイン語と哲学を学んでいて、人生で唯一の目標は教授になって知識を広めることだったの。両親に頼れなくなったから生活費を得るために仕事を探していたら、最初に見つかったのがテレビで音楽のレポートをする仕事だったの。「いい仕事じゃないの。私は音楽を知っているし、しっかりと教育も受けているし、私ならできるわ」って思った。だからその仕事を始めたら、すぐに週何本か音楽番組を制作することになったわ。だけど、私はTVプレゼンターではなかった。自分のアイデアを思った通りに提示できるように仕切りたがっていただけ。カメラを担ぐ以外のことはすべて自分でやったわ、本当よ。 自分の担当した中で人気だった番組は、私が1時間くらいミュージックビデオを選ぶだけっていう内容だった。昔のMTVみたいにね。すごく影響力があったのよ! 公共の電波を使ってすごく変な音楽をプレイして、それを人気にすることさえできたわ。当時のセルビアのメディアはもっと自由が許されていたから、Einstürzende NeubautenやAutechreのトラックなんかもプレイすることができた。ノーカットバージョンでで完全にノイズだけの状態でテレビが10分間続くとか。苦情を言う人は誰もいなかったわ。でも最後はクビになった。Add N To Xの"Plug Me In"のビデオを流したからなの。裸の女の子が大人のオモチャで遊んでいるビデオよ。 その後、国営テレビでExit Festivalと一緒に番組制作を始めて、それから、セルビアのシーンに特化した番組も始めた。どちらもすごく人気で妥協のないものだったけど、10年くらい経って、セルビアのメディアを取り巻く環境が大きく変わってから、商業的な要望に応えて内容を妥協しなければならなくなったの。それにかんして話し合いは一切無かった。それでその仕事を辞めたの。自分の研究と同じで、テレビに出る唯一の理由は、一般の視聴者に新しいものを見せたり、語られてこなかったものを伝えることだったから、それが許されなくなって全く仕事に興味が持てなくなった。 今、私がやっていることに携わるようになったのには別の理由があるの。私がAbe Duqueに出会ったのは、彼が2005年にベルグラードでプレイしたとき。そのときの仕事で彼のインタビューの調整役をやったの。そのインタビューで彼は現代版Quincy Jonesになる目標や、彼にとってのMichael Jacksonになる人を探していることについて話をしていたわ。そのインタビュー後、同じ日の夜に予定していたライブセットで歌ってくれないかって彼から頼まれたの。エキサイティングであったと同時に怖かったわ。彼の音楽についてあまり知らなかったし、歌うって言っても、私は歌のレッスンの聖歌隊で歌っているだけだった。その夜、私がその気になったらいつでも歌えるようにマイクをステージに用意しているって言われたて、彼のエージェントから渡されたシャンパンを2杯飲んだ後、マイクを握って即興で歌ったの。みんながびっくりしていた。そうしたら、ベルリンに来て一緒にレコーディングしようって彼に誘われたの。数か月後、私は人生で初めて飛行機に乗ってテーゲル空港(ベルリンの空港)に着いていたわ。そこでAbeと彼のエージェントから、朝一番でオッフェンバッハに移動してRobert Johnsonで行われているGrooveの周年パーティーに出演するって伝えられたの。そこでも全部即興で歌って、大成功だったわ。最終的に、私たちがレコーディングしてリリースしたのは、機材を使ったジャムセッションから生まれたトラックだった。そのときに私は機材の使い方を学んだの。ライブユニットとして私たちは数年間ツアーをしてそれなりに成功を収めたわ。ソーシャルネットワークやスマートフォンよりも前の時代だったから、そのときの様子を記録したものはそれほど残っていないの。 週に何本かテレビ番組を制作したり、ツアーで世界を回ったり、音楽制作を学んだりしながら、友達のひとりと一緒に月曜日にパーティーを始めたの。とくに野望があったわけではなくて、女の子ふたりで好きなものをプレイしたかっただけ。でもしばらくして、ミックスを学んでしっかりとDJできるようになりたいって思うようになって、DJできるチャンスがあればどんなものでも引き受けるようにしたの。セルビアのテレビ業界で働いてもそれほどお金にはならなくて、ずっと自宅に音楽機材が無い状態だった。だからミックスの仕方はお客さんのいるクラブで学んだわ。すごく恥ずかしい思いもしたけど、幸い、選んだトラックが良かったからお客さんが引き続きパーティーに遊びに来てくれた。そうして徐々に上達していったの。Abeと一緒に制作するのを止めて、テレビで働くのも辞めた後、自分に問いかけてみたの。自分が本当に幸せになれるものはなんなのかって。その答えがDJだった。DJなら自分の好きなことを自分ひとりでできるし、自分自身に忠実であること以外、何も気にしなくていい。DJとして真剣に取り組むようになって、数年ひたすら取り組んできたけど、それが今ようやく報われているの。 NATOの空爆中のパーティーと言いましたが、一般的に言って、90年代の紛争によってベオグラードのクラブシーンはどのように変化したんでしょうか? そのときの出来事がシーンに長期にわたって影響を与えたと思いますか? とても難しい質問ね。もちろん、セルビアが紛争や空爆によって壊滅したことで、人生のあらゆる点に影響が及んでいるわ。1999年のNATOの空爆や当時のパーティーは、私たちが育ってきたあり得ない環境の中で言えば、ほんの一部の出来事に過ぎないの。確かに、国が空爆を受けている間に私たちはパーティーをしていた。社会基盤が破壊され、罪のない人たちが殺されている間にね。今はそのことを悪かったと思っているけど、当時、ティーンネージャーだった私には、それ以外にやれそうなことが無かった。当時、何が起こっていたのかを説明するのはかなり難しいけれど、90年代の混乱の中で、みんなは定まった都市生活を送ろうとしていたんだと思う。B92というラジオのメンバーやDJは多くのパーティーを開催していたし、当時のヨーロッパの国と同じようにセルビアにもウェアハウスのレイヴがあった。当時、私は10代前半だったから、そのときのことを美化するところがあるけど、実際、パーティーは社会的な役割を果たしていたわ。若者は毎日の恐怖から逃れる必要があったし、人によっては徴兵や後の戦争から逃れる手段でもあった。当時、DJでいることは最も素晴らしい反抗手段だった。経済制裁下にあり、音楽が行き渡らなくて、誰も国外に出られず、インフレーションによって平均月収が3ユーロになった国では、レコードを見つけてパーティーを開催して、何千という人たちを盛り上げるだなんて、魔法以外の何物でもなかった。 当時に起こったことが何であれ、そのことが現行のシーンの礎を築いたのは確かよ。そして、中には変わっていないこともある。セルビアは今もすごく貧しい国で、ヨーロッパに住む他のアーティストたちと同等のチャンスがあるとは言えない。今もダンスミュージックの新譜を買えるレコード店は1店舗も無いし(素晴らしい中古店は数店あるけど)、現在の平均月収は300ユーロだけど、生活費はベルリンよりも高い。今でも週末に外出することは単なるレジャーというよりも、やらないといけない責務のように思われている。多くの若者にとっては週末に出掛けることが絶望から抜け出す唯一の手段なの。音楽という点でシーン全体と多くの若い生活を救ったのは非合法の音楽シェアリングよ。西洋的な見方をすれば問題があるように聞こえるけれど、もしもインターネットにアクセスする手段が無ければ、多くのアンダーグラウンドミュージックはおろか、国外の音楽ですら聞く機会が失われていたわ。誰でもソフトウェアをダウンロードしてDJや音楽制作をできるようになって、シーンは一気に急成長した。今は誰でも旅行できるし、オンライン決済とか、いろんなことが簡単になった。そうやってシーンは成長しているの。今まで以上にクラブやパーティーが増えていて、多様なスタイルが存在しているわ。本当にインターネットのおかげね。 今後の予定は? 今後もツアーが続くわ。次はニュルンベルクのRaketeが控えていて、その後はクロアチアのSonus Festival、イビザのAfterlife、メキシコ、いろんな場所へ行く予定よ。ツアー以外では、録りためているボーカルレコーディングをエディットしてEPにしてみたいと考えているの。あと、私のことを気にかけてくれている人たちとの時間を失わないようにするわ。友人や家族との時間が無ければ、人生は味気ないものになってしまうから。
  • Tracklist
      Rex Ilusivii - Moon Cage Annex 2 - Offen Music Abe Duque & Tijana T - Ghost Dance - ADR Aleksi Perälä - UK74R1512120 - AP Musik G-Man aka Gez Varley - Columbia - GMR Records The 23s - Any Second (Christian S Remix) - Karaoke Kalk Scotti Deep Is Fathoms N.Y. - Brooklyn Beats - Henry Street Music Bloody Mary - From The Vaults - Dame-Music Eduardo De La Calle - TR3B Conspiracy - Plane Rhythm Records Kowton - Loops 1 - Livity Sound Mr G - Bounce - Phoenix G Addison Groove - Allaby - 50Weapons Sawf - Rota - Code Is Law Robert Armani - M_____F - Dance Mania Fairmont - Gazebo - Border Community Heller & Farley Project feat. Cevin Fisher - We Built This House (Alternative Version) - House Masters S:VT - Subterranean Realm (Henning Bear Remix) - Work Them Records Shades Of Sound - Drunk Horn - Nervous Records Kike Pravda - Oscillation - Bitzkrieg Waves Vakula - Modulation 04 - Arma 17 Floorplan - Basic Principle - M-Plant tobias. - I Can't Fight The Feeling - Wagon Repair Gigy Galaxy - Cosmic Forces As They Were Thought In Mu - Teknotika Records Kim Ann Foxman - Magic Window - unreleased Pearson Sound - Freeze Cycle - Pearson Sound Man Train - Meteor - Design Music Sandee - Notice Me (Notice The House Mix) - Fever Records Alien Rain - Alienated 4C - Alien Rain