今年のMovement festivalの前夜に行われたホームパーティーの時、おそらくTerrence Dixonを見かけた。そのパーティーは、彼が数年前にスタートしたminimal detroitのショーケースで、Anthony "Shake" Shakirがその晩のヘッドライナーだった。階段を降りると、頑張って15人入れるかどうかの広さの地下室でDJがプレイしていて、上の階では小さなスピーカーから溢れる音が裏庭まで響いており、その裏庭では、人々が肉汁の滴るようなBBQとクーラーいっぱいのビールを囲み、賑やかに歓談中だった。Dixonが会場に来たのは、パーティーも佳境に入った頃だ。ちらっと彼のほうを見たが、その目は暗いサングラスの奥に隠れていた。そして数分後にはもう彼の姿はなく、その後も彼は会場に戻ることはなかった。

20年以上に渡り、Terrence Dixonは何とも定義し難いアーティストとして知られてきた。インタビューも滅多に受けず、彼の音楽も本人同様、捉えどころが無く、定義し難い。不可思議なアレンジと、普通なら重く鳴るはずのキックドラムを消えゆくような音で入れるという、型破りなトラックでテクノの定義を揺るがせ、ホームリスニング用でもなければ、DJ向きの音でもない（が、DJがプレイしたがる）音楽を作ってきた。そうして、決して妥協しない、純粋なアーティストとしての評価を得てきた。

Movementの期間中は、Dixonのパフォーマンスを2回目撃することができた。Thomas Fehlmannと共演したTangent Galleryでのパーティーと、Movementの”Made In Detroit"ステージで、自身のバンドであるPopulation Oneと共演した時だ。そのTangent Galleryのパーティー中、偶然にもDixonと20年超の知人であるBrendan M. Gillenこと、Interdimensional TransmissionsのBMGと出会うことができた。2人は、Gillenがミシガン大学の学生が運営するラジオ局WCBNで”Crush Collision”というショーをやっていた頃に知り合った。Dixonは放送圏外に住んでいたのだが、Sähkö recordsの初期の曲のIDを電話で問い合わせてきたそうだ。

「Terrenceは頭の回転が相当速いよ。例えば、会話の途中で一呼吸置いてる間に、5通りの考えを思いつき、全然別の種類の感情を7通りも体験しているような感じだ」と、Gillenは語る。「彼から見れば、自分たちは皆、すごくのろのろしているように見えるだろうな。彼はデトロイトの中にいながらにしてアウトサイダーだ。別にハウスを作ろうともしてなければ、彼らしいハイテクでソウルフルで、隅々まで考え抜かれたコンシャスなテクノを作ろうとしてるわけでもない。彼そのものの、むき出しのサウンドなんだ」

引退を撤回した後、Dixonはこの2年間で多くの曲を発表した。2017年だけでも、Tresorから2作 (良作EP「Like A Thief In The Night」を含む) をリリースし、Out-ERからはソロでの新作アルバム『12,000 Miles Of Twilight』を発表している。そうしてDixonとは、彼が妻と7歳のボクサー犬Goochと共に暮らしている、緑豊かな通りに面した蔦の絡まる家で会うことになった。

最初に出したレコードは、1994年、Claude YoungのUtensilからのリリースでしたね。Claudeとの出会いはどのようなものだったのでしょうか？

その頃はDave Peoplesのスタジオで音楽を作ってたんだけど、その話を聞きつけたClaude Youngが、Utensil Recordsから曲を出さないかと言ってくれた。そこからMike Banks、そしてJuan Atkinsとも出会っていったんだ。Claudeを紹介してくれたのはDOW RecordsのDavid Oliver Whitesideで、そのレーベル名のDOWというのは彼のイニシャルからとっているんだ。Davidと僕とは前から知り合いで、もちろん僕が音楽をやってるのも知っていた。自分は全然、金がなかったから、実は機材を揃えてくれたのも彼だよ。

当時はどんな生活をされていたんですか？

若いうちにいろいろ人生の選択を失敗してしまった。学校での成績は良かったのに、女の子を追いかけまわしてばかりいて、まだ若い19歳の時に最初の子供が生まれたんだ。その時点から一旦人生が止まってしまって、そのまま約20年だ。子供達の面倒をみるために自宅にいて、音楽を作っていた。稼いだお金はすべて家族のために使ったから、蓄えは殆どなかった。

持ってる服もズボン2枚にシャツが1枚、車はなし。それに行政から食糧補助をもらっていた。それでも、子供達はいい学校に行かせることができた。今でも覚えてるけど、ベンツに乗って来てる保護者もいたよ。とにかく自分の稼ぎは全て子供のために使って、自分自身は長年部屋にこもって音楽を作り続けていた。

その頃、音楽というのはあなたにとってどんなものだったのでしょうか？

ただ自分のために音楽を作っていたんだ。

Mike Banksとは長年親しくされていると聞いています。

Mike Banksからは何もかも教えてもらったよ。僕がミシガン州のAnn Arborというところに住んでいたときに、Mikeがわざわざ訪ねてきてくれたこともあった。そこは学校制度がとても良かったので引っ越して住んでいたんだ。それでMikeが来て、僕が音楽を学ぶための手助けをしてくれた。実は、僕は元々Interstellar Fugitivesに参加する予定だったんだけど、音楽制作に関しては何もやらせてもらえなかった、という事情もあってね。

独自のアイデアと方向性があったということですね。

もちろん、自分のアイデアと方向性に基づいた、自分のスタイルがあった。

Mikeからはどんな事を教わったのでしょうか？

忍耐、だね。Mikeは白猫と暮らしていたんだけど、その猫がキーボードの上を歩いてベースラインを無茶苦茶にしてしまうんだ。それで僕らも一日中ただ座って猫を眺めたりしていたよ。

Juan AtkinsとはMikeを通して知り合ったんですか？

うん、Juanにはとても世話になっているよ。Juanと僕は当初、音楽の話じゃなくて、アメフトのDetroit Lionsの話をして意気投合した。それでMike Banksのスタジオに行ったとき、自分の曲を流していたらJuanが来て、何をかけてるのか聞いてきた。「これ誰の曲？」みたいな感じでね。そこでMikeが「Terrenceだよ」と答えてくれて、それを聞いたJuanも「これはホットだな、是非うちにも来てくれよ」という話になって、そこでようやく音楽的にもつながったんだ。

ミュージシャンとして、また1人の人間として、デトロイトという街によって形作られた部分は大きいですか？

デトロイトはとてもインスパイアされる街だ。ちょっと水を買いに行っただけでも、何かしら物語がある。金のないホームレスがニコニコしてたり、誰かが歌っていたり。それに、警察のサイレンが聞こえるや否や、人々は叫び、犬が吠え出す。そんな物事に僕はインスパイアされるんだ。毎晩のように起こる争い事や銃撃事件も、僕にとってはある意味インスピレーションだ。この街についてお決まりの、どろどろした、恐ろしい部分の話をしたいわけじゃなくて、もっと精神的な意味合いでの話だ。物事というのは見た目通りとは限らない、という意味でね。

デトロイトは2013年、破産自治体になりましたが、当時あなたやご家族はどのような感じでしたか？

その頃のデトロイトは本当に酷かった。でも、今は見ての通り、全体的に随分と良くなってきたんだ。希望を見い出すことで、街そのものにも希望が生まれたんだ。以前は本当にもっと酷かった。どんよりと暗く、皆が貧乏で、誰も笑ってないし、どの店も営業していない。道に2セント位は落ちてるんじゃないかと探しても、それすら見つからないような有様だった。

すると、今は良くなってきているんですね。

うん、良くなってる。本当に良くなったよ。特にダウンタウンの辺りは随分と変わった。

そんなに変わったんですか？

うまく説明できないけど、街の景気が悪かった期間に住んでいた人たちを皆退去させて、新しく金持ちの住人を入れたんだ。それで街全体が修繕されて、めでたしめでたしというわけだ。不景気のなかで20年も、そこに住んでいた人たちを追い出すことでね。

あなたの音楽では、キックドラムが前面に出て来ない曲があるのが特徴的ですね。

その通り。キックドラムはテンポのためのものだから、代わりにベースラインを前面に出している。僕にとって、音楽の中で一番重要なのはボトムにあるドン、ドン、ドンという音ではなく、ベースラインだ。そしてそれ以上に、音楽的な要素が前に出ているべきだと思っているから、キックはやはり背景でいい。いつも曲はベースラインから作り始めて、ドラムはその次だ。

ご自身では、自分の曲をミニマルだと思いますか？

正直に言うと、自分のミニマリズム的なスタイルというのは、あまり機材を持ってないところから来ているんだ。ミニマルミュージックを作ろうとしてるのではなくて、結果そういう風になったというのが実情だよ。自分では、自分の音楽をデトロイトテクノと呼んでいる。人口も少なく、ビジネスも無く、1ブロックに家が1軒、仕事もない…デトロイトでは何でも”ミニマル”だ。

ジャズからの直接的な影響はありますか？

ジャズから音楽的な影響は特に受けてなかった。影響を受けてきたのは、Jimi Hendrix、Teddy Pendergrass、The O'Jays、Santana、Frank Zappa、Leo Anibaldi、初期のSähkö、Juan Atkins、Chick Corea、The Electrifying Mojoだね。Mike HuckabyやSun Ra辺りはつい5年前に知って、聴きたかったのはこれだと思ったよ。聴くほうであれば、今ではジャズはたくさん聴いているね。

実は、あなたの曲にはジャズっぽいものあるなと感じていたんです。

どうしてそうなったか、自分でもよくわからないな。自分でやったことではあるけど、どうしてそうなったのかはわからないよ。

子供の頃はどんな音楽を聴いてましたか？

12歳のときにKraftwerkを聴いたんだ。僕の祖母がKraftwerkを気に入ってて、よく『Computer World』を聴きながらバルコニーでくつろいでた。ジャケットの裏面カバーのデザインも好きで今も覚えてる位で、当時は本当に好きだったね。叔母もKraftwerkのレコードを持っていて、ローラースケートを滑りに行く時はそのレコードを持っていって、DJに渡していたよ。僕は滑れなかったからスケート場には行かなかったけど、その頃は近所のどこでもKraftwerkが流れてた。本当にどこでもだ。今でもその辺をドライブしたら聴けるんじゃないかと思うよ。

自分の音楽に、自分自身が反映されていると思いますか？

多分そうだと思うけど、どうだろうね。自分はいわゆるミュージシャンではないから、音楽のことはわからない。ただ、自分がいいと思う音がわかるだけで、それで満足しているし、それを好きだと言ってくれる人がいて嬉しく思う。音楽の専門的な訓練は受けてないし、ハードウェア機材のオーナーズマニュアルも読んだことがない。必要なところを読んだら使い始める、そういう調子でやっている。

EPとアルバムでは、どちらを作るのが好きですか？

自分のストーリーはEPにするには長すぎるといつも思っているんだ。そこをうまくやれないから、いつも沢山トラックが余ってしまう。だからそのうち何曲かをフリー配布にしたりして、それでやっとアルバムになる。EPを作るのはとにかく難しいとしか言えないよ。

先週は、スタジオでThomas Fehlmannとコラボしていましたね。そのプロジェクトについて教えていただけますか？

今回はTresorのプロジェクトなんだ。このプロジェクトで、よりダンスフロア向きのものをやってみようと思っている。今のところ、アンビエントが3曲あって、他はもっとフロア向けの曲だ。High Biasスタジオに1日7時間入って、4日で10曲もトラックを作ったよ。いい部分もだめな部分もあるから、エディットも沢山することになるけど、どれもいい感じだ。

Thomasとはどのように知り合ったんですか？

今回が初めてだけど、Thomasは物事を良くわかっている人だし、僕も特に何も心配してなかった。

お気に入りの機材を教えていただけますか？

Juno-106、SH-101、それにこれも気に入ってる（と、Maschineを指差す）。あとは303と、MC-303 Grooveboxだね。

2年前、音楽制作からの引退を表明しましたが、その後は活動もどんどん増えて、今はThomas Fehlmannとアルバム制作までしています。何があって、どう変わったのでしょうか？

ええと、そうだな。何があったかを正直に話すと、その時は酷いうつ状態だったんだ。Juan Atkinsが復帰の手助けをしようとしてくれたんだけど、なかなかうまくいかなかった。音楽制作に本調子になれない中で、作りかけになった曲や、新しく手を入れたい古い曲が山ほどあるのに、音楽を作るのはもちろん、他の物事すべてにも、業界にも、全部にうんざりしてしまったんだ。それが事の顛末だよ。

ギグを増やすためにアーティストがオンラインで活動することについてはどう思いますか？

うーん、僕はMyspaceに命を救われたからな。

どんな風にですか？

これは誓って本当の話だけど、自分のキャリアが危機を迎えそうになった頃、Myspaceを通して友人を作ることができるようになったお陰で助かったんだ。Mike Huckabyが、Myspaceには僕のことを探してる人が沢山いるから是非使うべきだと言うので、「わかった、OK」って答えた。そのまま僕のスタジオの上の階に行って、Mikeが僕に代わって登録してくれた。それで翌朝になったら、すでに8人もフレンドがいた。えっ？って思ったよ。そうして、Myspaceでいろんな人が「ギグやりませんか？レコード出しませんか？」と声をかけてくれるようになった。そういう事があったんだ。

DJの時にはどのようなレコードをプレイしていますか？

もちろん、どこでDJをするかによるけど、もしバーでプレイするとなると、あまりいい感じにはならない。自分の持ち曲はバー向けじゃないんだ。それに、午前2時より前もあまり良くないと思う。自分はテクノ中心にプレイしていて、ミニマルもハウスもやるよ。Kerri ChandlerからRobert Hood、そこからAndy Stottって感じだな。

DJはレコードでしますか？それともUSBやCDですか？

昔ながらの、レコードケース一杯に入れたレコードだ。実はJuan Atkinsが、自分で使っていたケースをくれたんだ。よく「また随分古くてでかいケースだな」って笑われたりするけど、「おい、これはJuan Atkinsからもらったものだぞ。自分でも直して使ってるんだ」って言うようにしている。

ライブショーでツアーをやるというアイデアはありますか？

なかなかの質問だね。僕は、ステージに出るアーティストも、スタジオにいるアーティストも、DJをやるアーティストも、レベルの高い仕事をしている人なら誰でもリスペクトしている。皆素晴らしいし、自分はまだその域に達していない。自分自身の音楽制作に限れば恐らく達してるかなとは思うけど、あと二つ（ステージとスタジオワーク）は大変なことだ。自分の曲はどれも音量がばらばらだし、たまに、これは失敗だなと思う位うるさい音量になっているものもある。正直なところ、ヴェニュー次第ではあるけどね。いい音のヴェニューもあるけど、たまに音がちゃんとしていないヴェニューもあるから。

もちろん、ステージに出て活動しているアーティストを非難するつもりは全然ないけど、自分はステージに出る側の人間ではないと思う。ステージで鳴らすための音を作っては、写真を撮られて、雑誌に出て…というのは、自分の中の目標ではないんだ。僕らがやっているような音楽は、やたら顔出しをしないほうが良く感じられるものだと思っているし、僕はそういうところが気に入っている。これ誰の曲？っていう状態が、最良の状態だと思う。

今では、そうやって身を隠し続けるのもなかなか大変なことだと思います。

この20年という自分の音楽キャリアの間、就職したことは一度もないんだ。もちろん働こうと思って引越し会社に入ってみたこともあったけど、家に帰ると疲れ切っていて、寝るしかない。それだと音楽が作れないし、クリエイティブではいられないと感じた。そうなるくらいなら、ただ自分が快適に暮らせるだけで十分だと思ったんだ。何百、何千ドルも欲しいわけじゃないし、BMWだっていらないよ。人生は充実しているし、家の裏には庭もある。妻の勧めでガーデニングもやっているよ。

今後の予定はどのような感じですか？

まさに”明るい未来”という感じだ。minimal detroitという、ここのコミュニティを中心とした音楽とイベントのプラットフォームになる会社を設立した。リリースする曲もあるし、なかなか忙しくしているから、このまま続けていきたいね。

minimal detroitのプロジェクト、気になります。始めたきっかけは？

デトロイトで、何かこの街に住んでいる自分たちの為になることをやりたいと思った。デトロイトに必要なもの、例えば子供や若者の助けになるようなことだね。この名前にしたのは、デトロイトが文字通り”ミニマル（最小限）”な状況だからだ。雇用もミニマル、公共設備もミニマル、資本もミニマル、そんな感じだから、minimal detroitを始めた。友人たちも運営を手伝ってくれているよ。

minimal detroitの目指す最良のシナリオはどのような感じになりますか？

レコードレーベルとツアー、動物保護区、それに子供向けの学校を運営していきたい。学校は音楽の学校ではなくて、生き方を学ぶ学校だ。もちろんミュージシャンになりたいという子がいれば、自然と教えることになると思うけど、（音楽だけを教えるのは）子供に無理やりバスケットボールやサッカーをさせるのと同じだし、そういうことはしたくないんだ。僕自身がそうしたように、自分自身で何をして生きるか決めてほしいと思っている。現在はレーベルとツアーについて進行中だ。minimal detroitでは今言ったような事をやろうと思っている。

今後、別のスタイルの音楽を作る予定はありますか？例えば、最近はアンビエントをやっているそうですが。

さっきの質問に戻るようだけど、今後どうなるかは、なるようになる、としか言えないな。Dimitri Hegemannからは7～80分から90分間、通しで続くようなアンビエントの曲を作らないかと提案があって、そろそろ曲を渡すところだよ。あとはまた、Tresorの新しいプロジェクトがある。

自然な進化という感じですね。

そう、人生の流れにのって生きてきたよ。これまでの人生で多くの困難や問題を体験してきたし、若いうちに子供を持つのは正解だとは言えない。大変すぎる。自分はそれを全て乗り越えてきて、今、ようやく落ち着いたところだね。