2015年6月14日未明、シドニーの人気ヴェニュー、Imperial Hotelが摘発された。アースキンヴィルという郊外に位置するこの3階建てのパブで、テクノ／ハウス集団Spiceがナイトクラブを開催するようになってから2ヶ月も経っていなかった。それ以前、彼らは街の中心業務地区にあったThe Spice Cellarで3年間パーティーを行っていたが、厳しくなった都心部の営業規制から逃れるために、このヴェニューに移動していた。地下フロアでCut Copyと、Jagwar MaのJuno Marsがプレイしていたとき、警察官が押し入ってパーティーを中止させ、数百人の客が路上になだれ出た。

Office Of Liquor, Gaming And Racing (OLGR)（註：酒類の販売、賭博、競技を管理する機関）によると、「この店舗では薬物の使用が多々見受けられ、飲酒による問題や、店を出た利用客たちによる騒音に対する苦情があったことから、OLGRと警察の監視下にあった」とのことであり、バーの店員が違法ドラッグを摂取していたところや、利用客がトイレで薬物を提供／使用していたところが見つかったとしている。その次の週末、72時間の閉店命令がOLGRによって下された。シドニーの残り少ない深夜クラブであったThe Imperial Hotelの先も、この一件で長くないことが明確になった。当パブからの退去を強いられたSpiceは、プレスリリースを発表し無念を露にした。

このThe Imperial Hotelの摘発は、現在崩壊の道を辿っているシドニーのナイトライフへの新たな打撃であった。2014年1月、飲酒が絡んだ暴力事件への厳しい対処を求める世論に答えるため、ニューサウスウェールズ州政府が新しい法律を制定した。この法律は、シドニーの中心業務地区や歓楽街のクラブやバーが、午前1時半の「ロックアウト（締め出し）」制度（以降は入店や再入店ができなくなる）と、午前3時の「ラスト・ドリンク」制度（以降は酒類の販売が禁止される）の対象になることを定めた。こういった規制はクラブの運営やプロモーター、アーティストたちの活動に直接支障をきたすため、音楽業界と深夜エンターテイメント業界全体を震撼させた。かつては24時間活気のあった街に、門限ができてしまったのだ。

それから1年半以上経った現在、こういった法律の文化的、経済的、そして社会的影響が現れ始めている。暴力事件が低減しているというデータはあるが、どんどんとクラブやバーが閉店に追いやられており、この法律の功罪については、未だに賛否両論である。どうにか生き延びているヴェニューの多くは、スタッフの解雇や営業時間の短縮を余儀なくされており、多くの者が職を失っている。同市のエレクトロニック・ミュージック・コミュニティーも少しずつ崩れており、先行きは決して明るくない。オーストラリアのトップDJの一人であるPhil Smartは、かれこれ30年の間シドニーのナイトシーンの変遷を見て来た。「様々なことがこれまでに起きた」と、彼は言う。「が、今回の法律制定は私たちのコミュニティー、そして深夜ビジネスにとって最悪の出来事だ」

このロックアウト法が制定された背景には、シドニーの歓楽街でありクラブ遊びの人気スポットであるキングスクロスで起こった2つの悲劇があった。2012年6月、午後9時、18歳であったThomas Kellyが、当時19歳のKieran Loveridgeに突然パンチされた。“キング・ヒット”と呼ばれる、無差別な通り魔的犯行であった。その晩4件の暴行を行ったLoveridgeは、陰から突然現れてKellyを殴り、コンクリートに頭部を強打したKellyは重傷を負った。その2日後、彼の生命維持装置が取り外された。2013年の大晦日、その事件現場からほんの数メートル先で、新たな事件が起きた。同じく18歳であったDaniel Christieが、午後9時半に当時27歳の格闘家Shaun McNeilのパンチを突然喰らった。McNeilは、Christieをその前に口論をしていた別の若者と見間違えたと主張している。Christieは1月11日に息を引き取った。

当時のニューサウスウェールズ州首相のBarry O'Farrellは、迅速な対応を求められた。シドニーの路上で若い男性たちが次々に命を落としているこの現状をどうにかしろと、主要メディア、反対党である労働党、救急医療機関関係者や被害者の家族、そして世間が声を揃えて訴えた。O'Farrell首相は当初、“万能の解決策”はないとし、こういった事件は午後10時以前に起きていたためロックアウトを導入していても「結果は変わらなかっただろう」と発言していた。が、急を要する事態であったため、その後彼のスタンスは変わった。

都心部の公立病院の精神科医であり、政治ライターであり、RAでも寄稿しているTad Tietzeは、「合理的な解決策や、長期的計画が提案できるような空気ではなかった」と話している。これは、州首相を無為無策と批判した、普段であれば左寄りであるSydney Morning Heraldを始めとする大手新聞が、世間のモラル・パニックを引き起こしたせいだと言う。「モラル・パニックが起こると、政府は問題を抑制するため迅速で強引な対応を強いられる」と、Tietzeは言う。「そして健康被害を最小限に抑えようとする専門家たちは、部分的な禁酒法を実現させようという向きになっていた」

シドニーは突然血塗られた街と化した、というのが世間一般の印象であったが、ニューサウスウェールズ州の犯罪率は異なることを物語っていた。データを見ると、2013年の年末まで、州全体の飲酒が関係した暴力事件は2008年から安定したペースで低減しており、2002年以来の最低値となった21％の低下を記録した。シドニーの中心業務地区でもその傾向は見受けられ、キングスクロスでは路上の暴力事件の件数にさほど変化はなかったものの、店舗内の件数は大幅に減っていた。メディアでは犯罪が急増していると報道されていたが、数字はその逆を示していた。

Daniel Christieの事件から3週間後、O'Farrell州政権が対策を発表した。それには、州内の酒屋全てが午後10時に閉まること、ドラッグや酒類が絡んだ暴力事件で捕まった場合の最低の量刑を8年とすること、市内の新しいクラブやパブへの酒類販売許可を一時停止することなど、これまで以上に厳しい法律や、営業許可取得制限が導入されたが、特に物議を醸したのが、午前1時半のロックアウトと午前3時の酒類販売禁止であった。O'Farrellの以前の発言と矛盾しているこれらの規制は、シドニーの中心業務地区の指定エリアにのみ適用されるが、指定エリアにはキングスクロス、オックスフォード・ストリート、コックルベイ、ザ・ロックスといった夜遊びの人気スポットが入っており、免許取得店舗1000店以上が含まれていた。（この区域には、暴力事件の件数が去年州内最高であったカジノ、The Starと、コックルベイに隣接するバランガルーにある、億万長者James Packerの6つ星カジノ施設がギリギリ含まれていなかった）

Sydney

シドニーで導入された方策と近いものが、2008年にメルボルンで過剰飲酒や飲酒絡みの暴力事件への対処として試験的に導入されていた。だが、この街では午前2時のロックアウト制度のせいで深夜における暴力事件が増加したことが報道され、同年に州政府が依頼したKPMGによる調査がその証拠であった。この対策の実施時には、音楽業界から猛反発があり、Melbourne Locked Outが主催したデモの１つでは、中心業務地区にあるトレジュアリー・ガーデンズに1万人が集まった。3ヶ月後には制度が廃止され、ビクトリア州首相John Brumbyは、実験の成果は明確ではないと発表したが、多数のヴェニューがロックアウトの免除対象になっていたことがその理由に含まれる。Brumbyの上級政策顧問Nicholas Reeceは、2014年のSydney Morning Heraldにて、メルボルンでの実験について「The Sydney lockout: new location, but the same old mistakes（シドニー・ロックアウト：新しい場所、同じ間違い）」という記事を執筆しており、ロックアウトが導入されてから暴力事件が増加した理由についてこう解説した。「これには、いたって当たり前な理屈がある。ロックアウトの時間に何万人もの人々が路上に締め出されたら、危険な一触即発の状態を作ってしまう。シドニーではこれがおそらく一晩に2回起きることとなるだろう。1時半のロックアウトと、3時のラスト・ドリンクでだ」

オーストラリアの他の都市でも、似た対策が提案、あるいは導入されており、結果は様々である。シドニーの場合、その対策は「ニューカッスル解決策」がベースとなっていた。シドニーを2時間ほど北上した所にある、ニューサウスウェールズ州の二番目に大きい街、ニューカッスルでも飲酒が絡んだ暴力が問題視されており、2008年に午前1時のロックアウト、3時のラスト・ドリンク制度を導入した。シドニーのテクノ／ハウス・シーンを20年牽引し続けていたPhil Smartは、その頃ニューカッスルに引っ越しており、この制度のせいで突然仕事が減ってしまった。ロックアウトは「都会には本来つきものであるナイトシーンの多様性を殺してしまった」と彼は言う。「夜遊びをする人が減り、自由を求める人は他の街へ移ってしまうからね」

シドニーの法律は、プレッシャーをかけていた人々からは絶賛されたが、軽率で反射的であり、しっかりと影響を考慮していないと批判する声もあった。深夜娯楽産業との協議などもほぼないまま、法律は議会で急いで通された。ロックアウトの効果を疑問視する声があがり、失敗に終わったメルボルンでの実例を挙げるメディアもあった。ヴェニューのオーナー、プロモーター、アーティスト、DJや利用客がみな懸念を主張した。Save Our NightlifeやKeep Sydney Openといった組織がすぐに設立され、SNSでのキャンペーンや、集会、署名運動を行い、シドニーの音楽シーンやナイトライフ業界が脅かされている事実を広めようとした。しかし、反対運動はまとまりがなく、結束力に欠けた。「厳しい法律を支持しないのは、酔っぱらった若者によって人が死ぬことを求めていることに等しい、といった類のことを、それまで合理的だったメディアや医療関係者、政治家たちが本気で論じていて、尻込みしてしまう人が多かったんだ」とTietzeは言う。

「街に出たりすることをほぼしない人達に限って、やたら意見を主張したがる」と、Keep Sydney OpenのスポークスマンでありDJのTyson Kohが言う。「ああするべき、こうするべきと言うが、実際には彼らはメディアが報道する偏った情報を基に喋ってるだけなんだ。たまに起こる小さな喧嘩ばかりをピックアップして、あたかも無法地帯になっているかのような印象を与えているんだ」

2014年2月、予定よりも1ヶ月以上早く、新しい法律が施行された。オックスフォード・ストリートで毎年夜遅くまで開催される、世界中から数十万人が訪れる人気パレード、Sydney Gay And Lesbian Mardi Grasの5日前のことであった。新しい法律に対する困惑や怒りが暴力を引き起こすのではないかという懸念があったものの、ニューサウスウェールズ州警察とメディアは、1日目は成功に終わったと宣言した。ヴェニューのオーナーやプロモーターの多くは、本当の地獄はこれからであると感じ、こういった大雑把な解決策は間違ったことをしていない人々にまで罰を与えることになると主張した。

街の深夜営業の店舗の多くにとって、先行きが暗かった。営業時間が短くなり、職が失われ、これまで規則に沿って安全な営業を行っていた店の売上が大幅に削られて行くことは明白であった。これまでMoritz Von Oswald、Answer Code Request、Max Graefといったアーティストを招聘した、オックスフォード・ストリートのBurdekin HotelのオーナーであるTony Niuttahは、Sydney Morning Heraldのインタビューでこう語っている。「15年営業してきて、これまで一度も事件は起きていない。安全な店作りに努力を注いできたにも関わらず、ただのビール屋みたいな扱いをうけるのは心外だ」。彼に直接話をきいたときは、こう語ってくれた。「うちでプレイするアーティストの多くはヨーロッパの人で、シドニーのヨーロッパ人のファンが多い。ヨーロッパの人達は夜遅くまで遊ぶ習慣があるから、これは売上にとてもひびいてしまってる。残念ながら店を続けるために、仕事が出来るスタッフを何人も手放さなくてはいけなくなり、マネージメントの仕事が倍になったんだ」

Burdekin Hotelのウィークリー・パーティーSomething Elseのプロモーター、Dave Stuartはこう語る。「他と同様に、うちも営業時間の短縮が大きな痛手となっている。午前2時から7時が一番の稼ぎ時だったうちにとって、かなりのダメージだ」。彼によると、収益は20％から40％ダウンしており、営業にかかる費用は変わらないか、増えているとのことである。

プロモーター／DJのMurat Kilicは2004年以来、様々なヴェニューで人気深夜ウィークリー・イベントSpiceを開催していたが、2011年にThe Spice Cellarが本拠地となった。彼らのフラグシップ・イベントは土曜の夜10時から日曜日の朝10時まで行われていた。「ビジネス・モデルを完全に変えないといけなくなった」と、Kilicが言う。「うちのイベントで飲酒が絡んだ暴力沙汰は起きたことがなく、穏やかな音楽好きの客層に向けて営業しているにもかかわらず、新しい規則に大打撃を喰らった。費用を節約しどうにかやりくりしていくために、すぐにスタッフを削り、イベントを減らさざるをえなかった」

その後1年間、経済的にどんどんと過酷な状況へと陥ったSpiceは、中心業務地区から抜けてロックアウト法が適用されていない場所へ移動しなくてはいけなくなり、オージー映画『The Adventures Of Priscilla, Queen Of The Desert（邦題：プリシラ）』に出て来たことで知られるImperial Hotelに拠点を移した。24時間営業免許があり、使用用途の多い地下スペースもあるHotelは、ロックアウトが施行されて以降、プロモーターたちにとって人気のスポットとなった。2015年のイースターにKilicたちはThe Spice Cellarを去り、その数週間後にはImperial Hotelの3フロア全てを独占することになり、B1フロアをSpice Cellar Ersknvlというダンススペースにした。それまで比較的静かであった郊外のこの地に新しくオープンした深夜スポットは、多くの客を集め、それにともない警察が目を光らせ始めた。

そのほんの7週間後、警察のガサ入れがあり、最初の一時閉店命令が下された。ガサ入れが行われる前から、制服姿の警察官や、潜入捜査官が頻繁に店に現れていた。Spiceは警察を抑えるため自治的に独自のロックアウト制度を設けた（午前1時以降は再入場禁止、3時以降は入場禁止）が、OLGRは「度重なるアルコール飲料法違反」を理由に、7月25日に2度目の72時間閉店命令を下した。

2度目の閉店は、ImperialでのSpiceの運営の終焉を意味し、地下フロアでのSpice Cellar Ersknvlが閉まることがすぐにアナウンスされた。その後、Spice Group Internationalの賃貸借契約が解消されたことが発表され、オーナーとOLGRの交渉が成立するまで建物自体が閉店することが決まった。Spiceは以下のようなプレスリリースを公開した。「現在、シドニーの深夜エンターテイメント業界はとてつもない拘束の状態にある。深夜文化に対する誤解や偏見、そして1時半のロックアウト法により、多くのヴェニューが潰れており、シドニーの深夜娯楽産業の未来が危うい。小規模な店舗を構えるオーナーたちは影響力に欠け、彼らの声は届かない。シドニーの保守団体の狙いは深夜文化を根こそぎ取り払うことであり、街を豊かにする文化構造の重要な一部であることを認識しようとしない。ロックアウト法は決して前進的ではない。市民の自由権を制限し、産業を不利にすることは、文化、職、観光、娯楽などを始め多くに悪影響を及ぼすことになる」

8月28日、Imperial Hotelは高級レストランの開店を計画する経営者2人組が購入した。

2015年4月、ニューサウスウェールズ州のBureau Of Crime Statistics And Research (BOCSAR)（註：犯罪の統計、調査を行う機関）が、法律の効果を評価する調査報告を発表し、多くが注目した。調査によると、ロックアウトが実施されてから1年間で、キングスクロスでは暴行の件数が32％低下し、中心業務地区では26％の「徐々にではあるものの、確かで、継続する兆候のある」低下を示した。BOCSARは、「暴行事件の低減が、アルコール飲料の消費の低下によるものか、あるいはキングスクロスやシドニーの歓楽街へ訪れる人数の変化によるものか、あるいは両方に起因するかは、現段階では定かではない」との結論を出した。St Vincent病院など、近隣の病院も飲酒関連の事件の被害者の入院数が大幅に減っていることを発表している。「これを大成功と捉えてしまうことは問題だ。なぜなら、飲酒絡みの問題を他の社会問題から切り離して考えてしまっているからだ」とTietzeは指摘する。「政府がどんどんと市民の娯楽を規制していく社会に果たして住みたいだろうか？ナイトライフを楽しむ人々の多くは事件を起こさない」

BOCSARの統計が示すのは、１つの側面でしかなかった。地方公共団体City Of Sydneyはキングスクロスで調査を行い、2012年と比べて人の往来が84％下がったと算出している。キングスクロス酒類協定のCEO、Doug Grandは、この区域から500以上もの職が失われたと言っており、それにはDJやミュージシャンのギグを含んでいない。「歓楽街の経済に壊滅的な影響を及ぼしている」と彼は言った。

「クロスの暴力事件の低下の原因は、単純に交通が劇的に減ったことだと思うね」と、同地に暮らすTietzeが言う。「その界隈に酒を飲みに来る人が減れば、暴力をふるう酔っぱらいが減るのも当然だ。人にぶつからないように歩くのが困難なほど、酒に酔って大騒ぎしている人で溢れ返っていたこの街が、金曜、土曜の夜でもゴーストタウンと化すようになった」

キングスクロスでも、中央業務地区のロックアウト・ゾーンでも、音楽ヴェニューの閉店が後を絶えない。2015年初頭の時点でシドニーの主要ナイト・スポットが複数潰れており、そのうちの１つ、Flingers Hotelは、ロックアウト法が施行されてから収益が60％激減した。ここ数ヶ月だけを見ても、長きに渡って愛されていたヴェニューが複数、店を畳んでいる。6月にはオックスフォード・ストリートのQ Barが22年の歴史に終止符を打った。その後、同店が入っていたExchange Hotelという施設（Phoenix BarとSpectrumも入っていた）ごと閉業し、売りに出された。建物の売買を担当した不動産会社の責任者Daniel DragicevichはStar Observerのインタビューにてこう語っている。「収入を得ることがあまりに困難になったため、オーナーたちは常にこういった所有地の最適で最高の使用方法を再評価し続けている状態だ」

一番最近閉店したのはキングスクロスのHugos Loungeであり、これは特に注目を集めた。売上が60％減を記録し、100人の解雇があった後、このバーは8月に任意管理手続きをしたため、残りの70人の従業員が余剰人員となった。Hugosは15年営業していた中で、一度も危険店舗リストに追加されることはなかった。オーナーのDave Evansはこう語る。「悲劇が起きたあとのニューサウスウェールズ州政府の反射的な法律は、善意のあるものであったが、情報不足であった。しかし州政府はこちらの意見に耳を傾けなかったどころか、電話に出ることすらしなかった」。Hugos Groupは損失の賠償を請求するために州政府に対して集団訴訟を起こすことを考えている。「15年間築きあげてきたものが水の泡だ」とEvansは言う。「とても悲しいよ」

自由党と労働党はロックアウト賛成のスタンスを変えていないが、中には異論を唱える政治家もいる。緑の党、そして無所属の議員の何人かは、この法律が文化や経済に与える影響について批判の声をあげている。「クロスで今起きているのは、大雑把に指定された区域に課されたロックアウトのせいで、ナイトライフが大きく打撃を受けている状態」と、ニュータウンの緑の党議員Jenny Leongは言った。「クロスの街を閉ざすことなく、飲酒関連の暴力を減らす方法は果たしてなかったのか？私は間違い無くあると思う」

無所属の議員Alex Greenwichはこう言う。「午前1時半のロックアウトは都心の深夜営業にとてつもない不利益や意図していなかった影響を与えている。特に被害を被っているのが、過剰飲酒の代わりになりうる娯楽を提供する音楽ライブ、DJやパフォーマンス・ヴェニューだ。ビール屋やギャンブル場よりも、ナイトシーンの安全性を保つことに貢献しているこういったヴェニューを支える法律を施行するべきだ」

都心部のクラブやパブが苦労し続けるなか、Leongのニュータウンといった郊外のエリアに、ロックアウトを避ける人々がどんどんと足を運ぶようになって来ている。そしてこういったエリアの店の深夜の客が増えると同時に、飲酒が絡んだ暴力も増えている。法律制定から9ヶ月で18％の増加をBOCSARの調査が示している。ニュータウンはシドニーの郊外の中でも最も先進的で多様な地域であり、大きなLGBTIQコミュニティーがある。ところが、今年の6月にトランスジェンダーの女性Stephanie McCarthyが暴行を受ける事件が起こり、このコミュニティーを震撼させた。彼女のバンドがTown Hall Hotelでライブをやる予定であった日、彼女はパブ内で最低でも4人の男性に残酷な攻撃を受け、両目にあざができた。翌週行われたデモでは、この事件はニュータウンの包容的な文化が侵されていることを示していること、そして中心業務地区でのロックアウトがその直接的な原因であると、McCarthyは主張した。Fairfax Mediaでのインタビューでは、ニューカッスルからこの郊外に引っ越してきたのは「より安全な場所だと解っていたから。でももうすっかり変わってしまった。とても恐ろしい」と彼女は話している。

シドニーの“歓楽街”に当て嵌まる区域を拡大し、こういった危険度が高くなっている地域も指定エリアに含むという噂が広まり始めた頃、その話を掻き消すかのように、8月上旬、このエリア内の深夜営業店10店舗が、自主的な午前3時のロックアウトを実施することを発表した。都心から締め出された者たちが遅くまで飲める場所を探してやって来るのを阻止するのが狙いであるこの自治的対策には、ニュータウンと、隣接するエンモア地域の深夜営業店舗ほぼ全てが含まれていた。ニュータウンの酒類協定の代表、Tim Claydonは公共的にこう警告した。「街で遊んだあと、午前3時にニュータウンに来るといったことは、考えもしないでいただきたい。開いている店などないからだ」

「ニュータウンを閉ざすようなことは避けたい」と、Jenny Leongは言う。Sydney Morning Heraldに掲載された彼女の心のこもった意見記事では、「ニュータウンの雰囲気が変わってきている」ものの、「多様性のあるナイト・シーンを育む方策」を採用すべきだと主張している。そして「歴史を見れば解る通り、禁酒は効果がない」とし、「ロックアウトをしたところで飲酒による反社会的な言動や暴力はなくならない。性差別や、トランスジェンダー差別、人種差別をするろくでなしは、突然午前3時になったら現れるわけではない」と指摘する。

この法律が影響を与えているのはシドニーだけではない。メルボルンや他の都市のツアー会社もダメージを受けている。オーストラリアのツアー・シーンでは複数の都市がアーティストをブッキングすることで、旅費や出演料をカバーしており、シドニーとメルボルンでブッキングされることは、ツアーを実現させる上で必要不可欠であることが多い。これまでCarl Craig、Danny TenagliaやPachanga Boysらをオーストラリアに招聘した、メルボルン拠点のツアー・イベント企画会社Thick As Thievesを経営するMike Tonerはこう言う。「他の小さい街では、シドニーの穴を埋めることはできない。シドニーほどのクラバー人口を誇る場所は他にないからだ。アーティストの知名度は上がっていても、シドニーのイベントのギャラが下がっている理由をエージェントに説明するのがとても難しいよ。しかし1時半以降の入店禁止と3時以降のアルコール販売の禁止が売上に響いており、プロモーターが出せるギャラが下がっている。閉店しているヴェニューも多いが、閉店していない所でレギュラー・イベントをやっている所は、こういった理由でギャラの金額を下げているんだ」

シドニーのクラブ・シーンではフラストレーションが募っている。多くが、ただ夜遅くに繁栄する音楽文化に関わっているというだけで、不公平な扱いを受けていると感じている。Simon Caldwellは20年以上に渡って活躍してきた同市のトップDJの１人であり、シドニーでMad Racketというクラブを16年以上運営している。「警察はかかっている音楽で選んで、特定の音楽イベントを積極的に標的にしているという感覚があり、実際にそうなのだが、それは恐ろしい前例になりうることだ。表現の自由や、世間に受け入れられる娯楽とは何か、といった事にも関連してくる」と彼は言う。「俺は少なくとも、どんな音楽を聴くべきか、そして聴くべきでないかを警察に判断されたく無いね。そして、ハウスとテクノは警察にとって“ドラッグ・パーティー”の別名であるのは間違いない」

更に、ヴェニューをひとつひとつ評価し対応していくのではなく、立地という条件のみでペナルティが課されるのは不公平だという声も多い。「世界中には沢山、バーやナイトクラブを早く閉める街はあるけれど、この街が行っていることは、文化全体の成長にブレーキをかけている」と、Sydney's Picnicのプロモーター、Carly Robertsは言う。「文化的に重要な役割を果たしたヴェニューは称讃されるべき。そういったモデルを採用するべきだわ」

9月13日、これまでで最も統制のとれた、大規模な反対運動が行われた。ハイド・パークに2000人もの人、そしてサウンドシステムが９つ集結し、パレード型ストリート・パーティーが開催された。Reclaim The Streetsが主催したこの行進には、ありとあらゆるシドニーの音楽サポーターが集まり、キングスクロスからオックスフォード・ストリートのテイラー・スクエアまで、ロックアウトの被害を被ったスポットを訪れた。シドニーのナイトライフの様々なコミュニティーが一致団結し、「Unlock Sydney（シドニーを解放せよ）」や「We want our city back（私たちの街を返せ）」といったプラカードを掲げながら、踊り、平和的にパーティーをした。見物をする人々は笑顔を見せたり、親指を立てた。

「ロックアウトによる文化的、経済的悪影響をしっかりと認識することができた人達が増えたんだ」と、Keep Sydney OpenのTyson Kohが説明する。「結束力が強まっているし、人々は、この急いで制定された無鉄砲な法律を支持しないことで無責任だと言われることを気にしなくなっている。忘れてはいけないのが、2013年は飲酒による暴力の件数が最も低かったんだ。若者たちは、なぜ自分たちが好戦的な悪党のように扱われなくちゃいけないのかと疑問を投げかけている。むしろ一世代前のほうがこの問題は深刻のように見えた」

2016年2月には議会でこの法律の再議が予定されており、改変が行われるとしたら、どういったものになるか定かではない。ナイトライフ・コミュニティーは門限に対抗し続けているが、医療関係者や警察は営業規制の期間を引き延ばし、州全体で同様の規制を行うことを求めている。Simon Caldwellは、このまま法律が施行され続ければ、「真っ当なナイトクラブ業界にとって非常に有害な状態が続き、更に多くのヴェニューが閉業し、それにともないバー・スタッフやセキュリティ、DJといった人々が職を失っていく」と言う。

「しかし人は夜遊びを辞めはしないから、ナイト・シーン全体が、利用客にとってより危険な場所になりかねない。例えば、“限界”を試そうとする、若い、経験の浅いクラバーたちなどにとって」と、彼は倉庫や住宅地で行われる無許可、無監督のイリーガル・パーティーについて言及した。「皮肉なことに、この法律はこういった若者たちを守ることがそもそもの目的なんだ」

「個人的に言わせてもらうと、朝4時にビールが飲みたいときだってあるんだ。別にいいじゃないか！」