「哲学者Heideggerは、森を彷徨っている人にとって、迷子になるまでのプロセスが、目的地にたどり着くことよりも大事だと言った。それは、特にエクスペリメンタル・ミュージックは教訓的であるべきではない、という俺の考え方に呼応する。それと、ホワイトレーベルのテクノ・レコードに惹かれる理由も、それだけで完結している、という点にあるんだ。メッセージを伝える上で、余分な説明文とか宣伝文句を必要としないんだ」

長い一週間がようやく終わろうとしていたその日の私は、大陸哲学の話についていける自信がなかった。しかしStudents of Decayの設立者、Alex Cobbは幅広い知的趣味の持ち主だ。パソコンのスクリーンに彼の顔が映し出されるまで、彼のSkypeのプロフィール画像はサンフランシスコの詩人、Jack Spicerの落ち着いた顔であった。彼のレーベル名は、ポストモダン文学の小説家、Donald Barthelmeの難解な小説、『The Dead Father』に由来する。彼がこれまでリリースしてきた、説得力のある美しいアンビエント、ドローン、そして現代音楽といった作品群は、言葉で意味を補うことを必要としない。だがそれでも、Cobbが過去に行ってきたインタビューに目を通した私は、読書リストを作成していた。

それが彼を取り巻く環境なのだろう。Cobbは休日の午前中を利用して英語学部の生徒の課題を採点する合間に、今回のインタビューに応じてくれた。彼はシンシナティ大学の教授であり、同校からクリエイティブ・ライティングの修士号を取得している。博士号の取得も考えていたが、サンディエゴにしばらく暮らし、就職難である現実を目の当たりにし、予定を変更したそうだ。

しかし彼は他人を見下すような人ではなく、知性をひけらかすような人でもない。会話においても、綴る言葉においても、自身の考えを押し付けるようなことはしない。Students Of Decayのプレスリリースの（彼によって丹念に書き上げられる）文章は示唆に富み、断定的ではない。豊潤なディティールを擁し、一寸の妥協も感じさせないが、ポップなとっつきやすさも兼ね備えており、作品の魅力を効果的に引き立てている。

「説教じみた要素を持ったアートが嫌いなんだ」とCobbが説明する。「誰かにデモをもらったとき、その人にコンセプトを全て説明されてしまうと、俺はとても萎えるんだ。音楽そのものは素晴らしくても、興味を無くす。もらった時点でプレスリリースだとか、メディアが描くストーリーがもう目に浮かぶんだ」

Cobbは今日のアンダーグラウンド・エクスペリメンタル・シーンの、PR慣れしたデジタル世代の立ち振る舞いに疑念を抱いている。90年代半ば、当時中学生だったCobbは『Forced Exposure』の通販リストなど、限られた手段を通して、新しい音楽世界に触れた。今では、エクスペリメンタル・ミュージシャンはハイプとカウンター・ハイプで成り立つ派手な経済環境の一員となってしまった。

「俺みたいなルーツの人にとって、Kevin Drummのアルバムのプロモーションとか、Boomkatの宣伝の仕方をみると不思議な気持ちになるんだ」と彼は言う。「“今週のおススメ”とか言って、大げさなコメントで大絶賛している。俺は別にエリート主義じゃないし、そうなってくれたことは嬉しいけど、この音楽をそういった売り方をしてしまうと別の弊害を生むと思うんだ」

「俺は、エクスペリメンタル・ミュージック内の流行のマイクロ・ムーヴメントに対して懐疑的な所があるみたいだ。個人的に気をつけていることは、これは大好きなレーベルがやっていることでもあるんだけど、昨今の流れに繋がると言えるかもしれないものを出していきながらも、"アウト・テクノのレーベルになったのか"とか、"今度はモジュラー・シンセのレーベルになったのかよ"ってならないようにすることだ」

では、Students Of Decayのリリースに共通する点とは何なのだろうか？Bryter Layterの光沢のあるシンセワークから、Anne Guthrieのアーシーな質感、Grouperを彷彿とさせるEkin Filのバラード、そしてCobb本人の催眠的なアンビエントまで、同レーベルの作品群は几帳面なまでに熟考され、トーンに一貫性がある。

Cobbは特に影響を受けた本に以下の2冊を挙げた。フランスの小説家、Alain-Fournierの第一次世界大戦以前に出版された、失われた青春を描いた『Le Grand Meaulnes』と、John Crowleyの1981年の『Little, Big』という、ニューイングランドが舞台のとある一族の壮大な冒険談と、マジックリアリズムなおとぎ話の中間に位置するような小説だ。両方とも現実と非現実の狭間をフラフラと彷徨い、哀愁を帯びた切望感が漂う作品である。Cobbの作品、例えば2012年の切ない『A Passage To Morning』などを聴くと、その影響は明白だ。

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「主題のないノスタルジアというのは、音楽において好きなもののひとつなんだ」とCobbは言う。「Alain-Fournierの本では主人公が邸宅を見つけるも、その後見つけられなくなり、恋しがる。『Little, Big』では全体的にノスタルジアが漂っていて、登場人物は何か無くしたもの、もともと持っていたかどうかすら解らないものを探そうとしている」

「楽曲制作も、そういった感覚でアプローチしているんだ。ポップ・ミュージック的なコード進行を探して、それをぐちゃぐちゃにして、でもちょっとした哀愁感をキープして。10分間に及ぶ、すごく抽象的な曲でも、何かしら人が共感できる要素を入れるようにしているんだ」

Cobb本人の作品以外でも、Students Of Decayのリリース作にはこういったアブストラクトなノスタルジアの良き例が沢山ある。その中でも最高峰と言えるのは、去年リリースされた『Kyle Bobby Dunn And The Infinite Sadness』かもしれない。2枚組のLPであり、収録時間は2時間以上にも及ぶ同作は、底なしに魅惑的なアルバムであり、神々しいアンビエンスが優しく、かつしつこく、心の琴線を揺り動かす。Dunnはこれまでもこういったサウンドの作品を発表してきたが、Cobbが監修をつとめたプロジェクトの多くがそうであるように、『The Infinite Sadness』は彼の作品の中でもズバ抜けている。

これは偶然の産物ではない。自身のレーベルから出す作品に深く関わり、“プロデュースする”ことがCobbのA&Rのやり方だ。「デモを受け取って、それをそのまま出すことは本当に稀なことなんだ」と彼は言う。「だがアーティストに“これは改善の余地がある”と言うときは、それは彼らが一定の基準に達していないと感じたからではなく、もっと素晴らしいものを作ることができると踏んだからだ」

今月、同レーベルからデビューアルバムをリリースしたばかりのSarah DavachiをCobbは例に挙げた。「彼女は、完成したと思っていた作品を送ってくれた。楽曲の半分は冷たい、マイクロトーンのミニマリズムで、もう半分は、貶しているわけではないんだが、クレイジーなモジュール使いの楽曲だった。過度なパンニングとか、音がバチバチ言っているとか。それはあまり好みではなくて、俺が惹かれた他の楽曲と相反すると思ったんだ。結局、彼女はそのクレイジーな楽曲をImportant Recordsに渡して、それは向こうがテープにした。俺にはもっと繊細な質感のあるものをくれて、作品はより良くなった。当初送ってくれたものよりも、こっちのほうがアルバムとして完成していると思うんだ」

Cobbはそれ以上に深く関わるときもある。今後リリース予定の、ブルックリン拠点のBilly Gombergの作品は、その頃Tim Heckerのアルバムを聴いていて影響されたCobbが、まだ未制作だった楽曲の方向性を彼に提案したのだという。「だから一緒にこの作品を作り上げて行ったんだ。とても良い出来だと思うよ。なんというか、どんどん崩れて行くような雰囲気のある作品なんだ」

もちろん、このプロセスはアーティストとレーベルオーナーの間に強い絆がなくては成立せず、Cobbはその関係性を大事にする。「仲良くやっていけなさそうだとか、ワガママな人だと感じたら、リリースの話はなしにするんだ」と彼は言う。「お金を投入する前にそれを見極めることがきでたら問題はないんだがね。これまで幾度となく中止にしたことがあったよ」

近年、Cobbは新作以外のリリースにもフォーカスしている。去年、同レーベルはMark Banningの「Journey To The Light」という、1985年に少数枚プレスされて以来、多くのコレクターが血眼になって探したニューエイジ作品を、リイシューの第一弾として発売した。現代のヴァイナル・カルチャーにおいてリイシューはありきたりで陳腐な手段になっていることをCobbは認め、特に、忘れられたニューエイジ作品の発掘は彼が大嫌いな“マイクロ・ムーヴメント”になりつつある。しかし、素晴らしい空間と奥行きのある世界をゆったりと漂流するBanningの作品は、Students Of Decayの美学と驚く程合致しているのだ。

そのあとにもCobbはヴァイナル考古学を続け、比較的最近の作品もリイシューした。2LPの『Marble Sky』は、Rene HellことJeff Witscherが2000年代後半に制作した音楽を集めたもの。2005年にCDrレーベルとして設立されたStudents Of Decayは、当時アメリカのアンダーグラウンドから出てきていた瞑想的なシンセ・ミュージックの波を捉える絶好の立ち位置にいた。Marble Sky名義でWitscherが制作した楽曲は雄大でありながら優しく、彼はEmeraldsやOneohtrix Point Neverといった才能を輩出したこのムーヴメントの隠れた名手であった。

「この時代はとても不思議なんだ。それまで残忍でアグレッシヴなノイズをやっていた人達が、突然のどかで美しいものを作り始めたんだ」とCobbは言う。「それが『Marble Sky』が記録している時代なんだ。これまであまりちゃんと記録されてこなかった、このアメリカのエクスペリメンタル・ミュージックの時代をそろそろ再評価するべきだと思ったんだ」

この考えを持っていたのは彼だけではなかった。その時代の彼自身の音楽も、「内省的で静かな、アメリカン・エクスペリメンタル・ミュージック」というテーマに沿って、去年Helen Scarsdale Agencyよりリイシューされている。元々、Taiga Remainsという名前で制作していたCobbは自身の作品を出すためにStudents Of Decayを設立したが、現在彼はレーベル運営に全力を注いでいる。

「俺は何かクリエイティブなことをしていないと気がすまない人なんだけど、レーベルを運営することでその願望は満たされているんだ」とCobbは言う。「作品作りをやめることができない、精力的なミュージシャンもいるけど、俺みたいに、作らなくてはいけないと感じたときにのみ作るタイプのミュージシャンもいるんだ」

その創作意欲が最近湧いたようであり、Students Of Decayの次のリリースは彼の作品になる。歌い泣くことを意味するフランス語の動詞をタイトルにした、4曲入りの「Chantepleure」は、恋人との関係が終焉を迎えつつあった時期に制作されたものであり、Cobbの抽象的なポップ感覚を象徴する作品である。

10年目に突入したStudents Of Decayは、CDr時代からは随分と変化を遂げた。まずひとつ挙げられるのが、Ba Da Bing RecordsのBen Goldbergのサポートのもと、Revolverとディストリビューション契約をすることに成功した点。そのおかげでCobbはヴァイナルに手を出すことができた。彼が手がける印象的なスリーヴ・デザインはこのフォーマットを最大限に活用しており、最低限のテキスト、あるいはまったくテキストのないものも多い。そしてもうひとつ、このレーベルの成長の証に挙げられるのが、Cobbのヴィジョンの説得力が増している点だ。2014年は、Banning、Dunn、Marble Skyといった強力なリリースで、このレーベルが最も活躍した年となった。2015年にはBilly Gombergの作品、M. Sageのレーベルデビュー作、Maxwell CroyとSean McCannの3部作の2作目など多数の作品が控えている。

しかしCobbのキュレーションの仕方は果てしなく思慮深く、緻密だが、その後ろには大きなマスタープランを描いているわけではなさそうだ。少なくとも、彼が明かしている限りでは。「音楽やアートが過度に説明されてしまうのが嫌いだ。そうあるべきではないと思うんだ」と彼はいう。「意味を見出すというのはとても主観的な行為だ。成功と言えるアートは、人々がそれぞれ自分たちの主観からその作品を捉えて、彼らの中で解釈できるものだ」

Students Of Decay LOTM mix

粉砕したドラムビート、不気味なアンビエント、UKファンキーとグライムの変異株。キーサウンドとなるこの3つの局面は、ほぼ完全に未発表の素材で作られたミックスに最大限表れている。

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