アーティストによるライブやDJプレイをどこかの現場で聴く時、その瞬間を生み出しているひとつの要素として、視覚効果をもたらす「照明（ライティング）」がある。ステージ上のアーティストを照らし出すライトはもちろんのこと、とりわけクラブやライブハウス、コンサート会場といった屋内のベニュー、夜の野外会場で、暗闇を軸とした空間演出においてその効果が発揮される。そういった光の演出家は「Visual」「Lighting」「Laser」などの呼び方で、いちアーティストとしてラインナップに表記される場合もある。つまりアーティストとして本人が認識していたり、箱側やプロモーターがそういう認識で照明を捉えている場合もあれば、あくまで裏方スタッフとして名前が一般客に向けて表に出ることもなく、クラブスタッフがいくつかある仕事のひとつとして、例えば音響と照明を兼任して行われる場合もある。パーティーピープルや読者にとっての一般的な照明の認識と、今回私たちが伝えたい照明の重要さを、実践している照明担当者のインタヴューを交えながら考察したい。

Discoball

　まずは00年代から関西シーンで活躍し、現在は都内に拠点を移したライティング・アーティストYamachangの体験や先輩たちから聞いた話を元にして、照明の歴史に軽く触れてみよう。「80年代のニューヨークにあったParadise Garageというクラブでは数々の伝説的なパーティーが行われ、そこは東京のクラブにも影響は与えているとおもっていて、DJの手元に照明の装置があり音と光の演出を兼任していました。それ以前のディスコの時代はDJが裏方だったが、徐々にDJにアーティスト性が生まれてくる時代でもあって、それから分岐してDJを目指している人がクラブの空間を理解するために照明をするという、照明がDJの傍に付く存在になっていった。また同時期のニューヨークのThe Saintというクラブでは、店内に巨大なプラネタリウムの装置が置かれていた。海外では照明はアーティストというかデザイナーという立ち位置が的確かもしれません。光のデザインといえばわかりやすいかな。2002年に日本でBody & Soulのパーティーが六本木velfarreで行われた際にArielという照明のアーティストを体験して、こういうものなんだと衝撃を受けましたね。国内のクラブで照明がクレジットされるようになったのは、渋谷WOMBでのパーティーでAIBAさんが初かもしれませんね。DJにEMMAさん、照明（レーザー）にAIBAさん、VJチームのUNU、その3組によるパーティーTrouble Houseが2003年から始まって、近年の音と光と映像の融合を打ち出していた最初のオーディオ・ビジュアル的なパーティーですね。ただ、同時多発的に大阪の地下パーティー（Flower of Life）でも行われていました」

　黎明期から照明に関わり、20年以上のキャリアをもつAIBAは自身の初期体験をこう語る。「照明に興味を持ったのは、ニューヨーク旅遊中にThe Saintの照明だったRichard Sabara氏の照明を見てからです。Sound Factory Barも素晴らしかった。実際に照明を始めるまでは、その当時まだ照明という仕事のポジションが日本には無く、GOLD、velfarreも採用に落ちたんです。それで、そのThe Saintの照明の事にも理解を持っていたオーナーが運営していた、新宿のBAR Delightで照明を始めました。ちなみにBAR Delightではオーナーの意向でSound Factory Barを元に照明の構築をしました」。90年代前半より、AIBAは独学でライティング・エンジニアとしての活動を行っていた。2000年に渋谷WOMBがオープンすると同時に専属の照明担当に起用され、以降彼を始めとして、国内でのパーティーにおける照明の存在がいっそう重要視されるようになってきたのである。また、Yamachangは近年のVJの傾向についても言及する。「クラブでは90年代から00年代までグラフィックデザインを前面に打ち出したVJが活躍していたけれど、現在はグラフィックが排除されて、あまり視覚的に邪魔にならずに音にハマりたいという原点に戻ってきた気がします。元々ダンスミュージックに映像の概念はなかったので、80年代のような照明と音のみっていうピークがあった時期に近いというか。それに伴って、言葉にしやすいものが映像で出てくるグラフィックデザインを強調したVJではなく、スペースデザイン（空間演出／映像も光）としてのVJも増えてきましたね」

　差し込んだ光が反射して拡散する「ミラーボール」はディスコの象徴として親しまれ、多くのヴェニューに設置されている鉄板のアイテムだが、なかなか他にはスポットライトが当たらない。簡単にクラブで使われる照明器具を紹介しよう。光を増幅して干渉可能な光を発生させる「レーザープロジェクタ」。大箱でのレーザー（ヴェニューWOMBや屋内フェスWIREなどが象徴的）を経験している人は多いと思うが、広い空間で映える装置だ。そして、均一な光を一点に集めて輪郭の投影に使う「スポットライト」。光の筋を見せたり、簡易的なスポットライトとしても使われる「パーライト（レインライト）」。広範囲に光を照射できるが動作が遅い「ムービングヘッド（ムーピングライト）」は、音に合わせて反応もする。似たものでは、ボディのミラーに反射させてスピーディーな照射ができる「インテリジェントスキャナー」。時間や光量を設定して点滅させる「ストロボ」。それらの光源として、ハロゲン球やメタルハライド球などの電球やLEDなどが取り付けられている。また、光以外の特殊な装置では、液体窒素を原料とした煙を吐き出す「スモークマシン」も管轄内だ。

　では、実際に現場ではどこのメーカーのどのような機材が使われているのか？　京都WORLDや大阪Circusなど関西を拠点に、照明システムの構築からオペレーションまでを手がけるSOLAのお気に入り機材は、ムービングヘッドの先駆けである光の出方がきれいなGenlyte Thomas Group LLC社のVari-Liteや、最近設置されることが多くなったClay Paky社のSharpyだそうだ。西麻布Space Lab YELLOWからキャリアをスタートし、その後渋谷Module、西麻布elevenで音響・照明チーフを担当、現在はフリーランスで活動するMachidaは、チップが丸のミラーボールははずせないとのこと。機材メーカーの多さも驚きだが、ミラーボールのチップの形状の違いまである。投影される光が違うのだろう。AIBAの使用機材は、ROBE社の基本になる照明となるムービングライトと、MARTIN社のコントロールコンソールといってムービングライトを制御する機材。レーザーはレーザーアニメーション社のもの。レーザーは今までVJのように映像としてデータを制作していたが、それを照明でも使いやすいようにデータとシステムを構築した自身オリジナルの使用方法だ。これらを組み合わせる事によってよりDJの音楽に合わせる事が可能になったという。「2001年にWOMBでフルカラーレーザーを使用し始め、クオリティの高いレーザー照明はクラブでの演出にとても重要な役割を果たしました」とAIBAは語り、また当時それらのレーザーは高電圧を使用して水冷式のものだったが、今では家庭用のコンセントから取る事も可能なくらいの小電力で空冷式のものになり、機材も進化しているそうだ。

　各照明器具を統括して操作するのが、見た目がPA卓に似たフェーダーの並んだ「DMXコントローラー」などの調光器。PCで操作する際は、MIDIコントローラーのような「DMXインターフェース」を使う。ちなみに「DMX」とは照明機器の制御信号を統一する「DMX512」という規格のこと。これらの他にもヴェニューによって特設されている機材や、照明の担当者が持参する機材などもある。グラフィックデザインを投影するというよりは、より照明に近いスペースデザイン寄りなVJとして渋谷WOMBなどで活動するREALROCKDESIGNのお気に入りのミキサーは、PioneerのSVM。4チャンネルの音楽と映像をミキシングすることが可能だ。VJの機材を使って照明的な効果を得ようと挑戦している。これらの照明機材は国内においてはSoundhouseが充実しているようだ。

　では、それらの照明機材を使って、どういった演出の考察があるのか。ライヴハウスやコンサート会場ではなくクラブならではの演出とは？　照明業界から見ればむしろ本筋といえる音楽ホールでポップス・ステージの演出をすることもあるMachidaは、出演者がいるステージを演出するのが前提であることや、基本的にセットリスト、長さ、進行が決まっているのがクラブとの違いだという。またライヴ会場との違いについてSOLAはこう語る。「クラブはフロア中心に空間を作る。ライヴはステージを見せるために演出する。展示やインスタレーションならより主体を構成する要素のひとつとなるし、お祭りや宴会などではにぎやかし役。正直にいうとクラブは唯一音と光が主役となる場所だと思う。極論だが逆に音と光が主役でないのなら、クラブとしての機能性はあまりもたないと思う」

　ライブ会場と違って、暗闇の中に光を差し込ませてフロアの光量を調整するのが、基礎的な照明の役割だろう。その理想の基準があるのかという問いに対し「DJやジャンル、VJの有無、お客さんの雰囲気によって大きく変わるので、一概に基準はないが、あえていうなら、居心地が良く、何かを期待させる感じ。音楽に集中してもらう意味でも、完全暗転できるくらいまわりに干渉されない環境が理想」とMachidaは答え、「ブラックスペースの調整はすごく大切。黒がしまっている空間があると個人的には良い空間だなと思います。個人的にはブルー寄りの色は本当に好き。ケバくならない空間が好きなのはありますね」とREALROCKDESIGNが語るように、暗部を重要視する意見が多かった。

　照明アーティスト各々の独自の演出手法があるのか聞いてみると「ピークタイムだけでもないんですが、音をリズムで追わない演出が好き。うまく言えないが、音のメロディについていく感じ（REALROCKDESIGN）」「起伏のきわをつくること。ブレイクで暗転してから一点に集中させたりとか…。ググーっと感情移入してしまうような瞬間を際立たせるようにはしている。一番重要なのは感動というか、心を動かせるような瞬間を作れるかどうかだと思う（SOLA）」「曲のBPMやイメージに合わせ、その上に空間の生きる照明で一晩を構築するというのが基本ですが、逆に以前POWPOWやFUTURE TERRORというパーティーで”ただただシンクロさせるとどうなるだろう”と思い、とことん音と照明を同期させようと実験をしたら、客が踊らなくなって、ただただ立ち尽くしてしまった。光が前に出過ぎるとマズいと思って間引くようにした（Yamachang）」など手法はさまざまだ。

　もちろん照明はDJやアーティストとの相性もある。照明も表現者なので個性があるからこそ、本人がこういったジャンルの音楽は合うもしくはやりたいとかいう趣向があったり、逆にDJやアーティストからの指名もある。音と映像の個人的な繋がりもあるのだ。「DJが次にプレイする曲は、何が来るのかわからないんですよ。それが感覚的に分かる人はやりやすい。なんと言えばいいのかわからないけれど、それがグルーヴというものかもしれない。グルーヴの合うDJがやりやすいですね。次の曲が想像できないグルーヴが合わないDJとはフロアの反応が悪くなるので、相手に失礼になりかねないのでやらないように決めました。自分の範疇ではないので。DJでも客でもない特殊な位置からの俯瞰で、ダンスフロアの反応を見ながらDJとお客さんを煽ろうとする。距離を見て、そこからピークを作り上げる。DJの真横にいながらも、DJよりも特殊な距離感でずっとをフロアを観ている」と、Yamachangは答える一方、AIBAのように「上手いDJであればジャンル、スタイル関係なく照明しやすいですね」という解答もあり、人それぞれといった感じだろうか。また、西麻布Space Lab YELLOW、渋谷Module、西麻布elevenの専属だったMotoki Takahashiは、当時同ヴェニューで開催されていたFumiya Tanaka主催のパーティーChaosの照明を担当していたことから、開催場所が変わった現在もそのパーティーを担当している。パーティーとの繋がりもあるのだ。野外イベントの舞音楽祭やTHE STAR FESTIVALを毎年担当しているSOLAや、WOMBでのパーティーTresvibesを担当するREALROCKDESIGNも同様だ。

　では、照明によってどういった空間を目指しているのか？　そこで、Motoki Takahashiは“嘘のないフロア”を目指していると語る。「単純に言うとお客さんやDJと毎回新たに信頼関係を築きたい。そのためには嘘のないフロアでないと信頼してもらえないと思う。照明がDJやアーティストやお客さんに対して正面から向き合えないとDJもお客さんも楽しめない。だからどの音に対してどう照明をしているか、自分の中で明確な意識を持って照明するのと直感を同時にコントロールして、直感と意識のタイムラグをより短くしていく。それで、DJやアーティストには“自分（DJ）がこうすると照明がこうなるんだ”、“プレイに照明がついてくる”と思って欲しい。そして照明を使ってどんどん自分自身の世界をつくって欲しい。DJが船長でお客さんが海流でそして照明はオールかな？　パイロットと気流とプロペラでもいいか！」。AIBAは、「つまりそれは照明の効果に伴ってDJがフロアをコントロールしやすくなって、オーディエンスがよりダンスに没頭出来る状態でしょうか」と答え、両者共に音と照明、そしてオーディエンスが三位一体であることを示唆している。またMotoki Takahashiはこう続ける。「お客さんには照明がどう点いたり消えたり、どう動いたりするのを意識して欲しくない。ただそこにある物として受け入れてもらえて身を任せてもらえる位の信頼感を持ってもらえたら最高です。見るよりは無意識に感じていてくれたら嬉しい。フロアでいうと個々のDJの世界観を極力崩したくないというか、音をそのまま照明にしたいというか。プラス、雰囲気や状況を加味するが、ただそれは当たり前の事で、意識してする事でなく言葉や伝え方が違えど無意識で皆がやっていると思う。ランナーズハイという言葉があるが、クラブにもそれに近い感覚があると思う。でもクラブでは、一晩で何度も訪れることもあれば何十時間かけてもまだ訪れないこともある。自分で気付いていない時もある。そこに、お客さんをはじめ、DJもスタッフも自分自身も毎回辿り着きたい。そこに辿り着くことでよりパーティーがパーティーらしくなるというか、更に刺激的なパーティーが始まる感覚になりますね」。照明を行う者も、ある一つの到達点へ向かう表現者のひとりにすぎないのだ。クラブミュージックで空間に身を委ねられる場を演出するか、が照明の手腕に掛かっている。過去に存在した空間が記憶に残ることもあるのは、身を委ねた結果、記憶として身体に刻み込まれたからだ。音楽は音源を再生すれば多少でも追体験できるが、空間は追体験できない。その希少性を少しでも感じ取れたらと思う。