Ben Simsのような多作を誇る人物から「自分のことをプロデューサーだと思ったことはないね」というセリフが飛び出したのは驚きだった。SimsはUKテクノの重鎮として10年以上に渡って活動を続けており、自身が運営するHardgroove、Ingoma、Theoryといったレーベルから数多くの12インチを発表しつつ、世界各地の巨大なテクノイベントでプレイを重ねている。しかし、先月イーストロンドンの彼のスタジオで彼が話してくれたのは、ダンスフロアへのサービスという頑なな姿勢から自分を解き放ち始めたのは待望の（そしてしっかりと作り込まれた）デビューアルバム『Smoke & Mirrors』の制作を経た、つい最近だということだった。言うならば基本的には自分はDJだと定義づけられることに関して本人は全く異議がなく、長年に渡ってリリースされた彼の作品の多くは、単純に自分のDJセットにおける必要性から生み出されたものだったのだ。多くの人たちが彼の作品を使えているのはただの偶然なのかもしれない。

スタジオに入るのは1週間に数日だって話をしてくれたけど、数日で仕上げなきゃいけないってプレッシャーが自分にかかったりすることはない？

場合によるね。俺はエンジニアと一緒にスタジオに入るし、奴がプログラムとかオタク的な部分をやってくれるからな。俺たちはとりあえずコンピュータに何かぶち込んでみて、色々いじってみるのさ。締め切りとか目標があったのはアルバムだけで、あとは先週末の自分のセットになかったトラックみたいな感じでやっていく。未知の領域にチャレンジした作品はアルバムだけだ。

「セットになかったトラック」というのは具体的にどんなトラックなんだろう？

要するに、俺がDJしていて途中でセットの流れを変えたいって思った時にかける感じ、あとは少しハウシーな方向に行きたい時とか、音数を減らしたいとかそういう時にレコードやCDとして持ち合わせていないトラックってことさ。俺はその瞬間に何かをはめ込みたいって感じるのさ。それで、スタジオに戻ってきてから、セットをより簡単にするというか、スムースにつなぐためのトラックを作ろうとするんだ。

リリースされていないトラックを沢山セットに盛り込んでいるのかい？

多分俺のセットの1／4は他人のトラックをエディット／再構成したものか、自分のトラックのスペシャルバージョンだ。スペシャルバージョンっていうのは自分でいけると思ったトラックがそんなに良くないって感じた時に持ち帰って作り直したものさ。でも別にそれをもう一度リリースするって気にはならないんだよな。というのも、多分どこが変わったのか殆どの人は気づかないだろうからな。

他人の作品をエディットする時はどういう作業をするのかな？

大抵の場合は昔と同じアプローチで作業している。俺は昔ヒップホップを作ろうとして音楽を始めたんだ。あるレコードからループを頂いて、別のディスコものからまたちょっと頂いて。それで別のレコードからまた別の音をもらったりしてな。要するにマッシュアップだな。俺の好きな音楽から少しずつ頂戴して、トラックを作るのさ。俺の初期作品の多くは他人のレコードだけから生み出したマッシュアップだ。

つまりサンプリングが君の根底にはあるってことなんだね？

ああ。俺の基本的なバックグラウンドはヒップホップで、ベッドルームでサンプルを使って音楽を作るっていうDIY精神みたいな部分だと思う。俺の好きなヒップホップのレコードの多くはドラムマシーンとJames Brownのループ、それとあとちょっとしたサンプルが乗っかっているだけのシンプルな奴だ。だから自分で音楽を作る時もその雰囲気をキープしてきたと思う。これは好き嫌いが分かれる手法だけどな。でも、だから俺は今までの制作においてあんまりオタクっぽくなっていないんだと思う。要するに俺の制作手法は自分のレコードコレクションの延長上のようなものだ。

オタクっぽくならないような努力はしたのかい？

どうかな。いわゆる「テクノロジーの世界」に入門しようとしたことは何回かあったと思う。俺はハードウェアやアナログシーケンサー、それからどうしようもないボロAtariに慣れ親しんでいたし、それで十分だった。でも新しい手法や製品を使った作品の音質の良さに自分が取り残されていっているのも十分理解していた。だから自分の手法を変えて、ハードウェアを使わずにもっとデジタルを取り入れようとしたんだが、わけがわからなくなっちまった。当時の俺はアイディアとか、音楽に対して取り組んでいたというよりは、「クソ、こいつがこのプログラムを使っているなら、俺も使わなきゃ」みたいな感じだったのさ。

ここ2年程はPaul Macにエンジニアとして手伝ってもらっている。奴はオタク的な作業が得意だけど、俺はアイディアを出すのが得意ってわけだ。奴がやってくれるから俺は流行りのサウンドとかプログラムについて心配する必要があまりないな。

「わけがわからなくなった」と言っていたけれど、どの程度その時期は続いたのかな？

2001年、2002年頃から2008年頃までだと思う。色んな方法を試してみたし、自分が慣れ親しんだ方法でも試してみた。Macを買って、長年親しんだCubaseからLogicに乗り換えたんだが、自分のやりたい方向には行かなかった。それでWindowに戻ってCarillonの製品を買ったけど、これも全然納得がいかなかった。で、またMacに戻ったら、今度はみんながAbletonを使っていた。これに慣れるまではまたかなり時間がかかったけど、ようやくここで納得がいって、モダンな感じも維持できるようになった。でも最高の音を生み出すためのヘルプやアシスタントは今でも必要だな。

俺は制作においては未だに色んな部分でハードウェアのような作業をしているんだと思うね。全部ピークに突っ込んで音を汚しちゃうみたいなさ。俺はアナログ人間なんだよ。それでアナログでやれているからってデジタルで同じ手法でやっちゃうとクソみたいな音になるのさ。アルバムの制作中なんて特にそうだった。Paulは週に1度スタジオに来て一緒に作業する感じだったから、残りの6日は俺1人で作業をしていた。で、奴がスタジオに来ると、大抵の場合奴が「おい、このベースがこっちの音を潰しているから、これはダメだ」みたいなことを言うわけだ。まぁこうやって奴が基本的には助けてくれるわけだけど、別に俺が全くできないって話じゃない。ただテクノロジーを良く知っている誰かと一緒に仕事をすると結果がかなり良くなるって話だ。

それは面白い話だね。人の思考と手法はなかなか一致しないから、個人個人で向いているやり方があるってことだ。

そうだな。Abletonを使えば単純にアイディアを素早く出したり、消したりができる。俺はいつもちょっとしたリズムやアレンジ、ベースラインなんかから作り始めるが、作業を進めていくと「これはかなりいいけど、俺のやりたい感じじゃないな」ってことになる。そうなったら、それはフォルダにセーブしておいて、自分のやりたい感じになるまで続ける。まぁそのアイディアが形になるまでに別のラフアイディアが5つはできるだろうけどな。

君は最近またハードウェアを使い出したよね。コンピュータだけで制作していた時もあったでしょ？

ああ。時の流れに自分を合わせようとしていた時期はコンピュータだけだった。他の奴らの音が俺とは比べ物にならない位優れているように思えたから、とにかくデジタルだけでやろうとしていたね。

ハードウェアはその間も手元に残しておいたんだ？

ああ。手元に残しておいた。コンピュータと同期させたり、何かサンプリングをしたりするだけだったな。ただアルバムではデジタルとアナログのバランスを取るようにしたかったし、アナログの方向に少し戻る感じにしたかった。俺はハードウェアの方が確実に色々アイディアを得られるような気がするね。

アルバムでは以前のようにハードウェアの比率が多くなった。シンセを数時間適当にいじったり、それをちょっとレコーディングしてみたり、あとはアナログシーケンサーとかを使ってみたりもしたな。もう何年もやってなかった作業だった。

アルバムを作ろうって思った時、気持ちは完全に切り替えた？

ああ。昔に比べて色々挑戦できるって感じていたし、以前より気負わずに作業できた。例えばアルバムの中の数曲でYamaha DX100を使ったけど、この音は今の新しいシンセに比べたらクソみたいな音しか出ない。でも俺にとっては若い頃からいつも親しんでいた音で、大好きな音だから使うことにしたのさ。

「俺が10年、12年程前にアルバムを出して
いたら、最低の作品になっていたと思う。」

自分の作風がアルバムというフォーマットに向いていないと考えた時はなかった？以前PeacefrogとTresorと契約していたけど、結局形にならなかったよね。

そういう時は確かにあったし、自分で良いと思えるアルバム、面白いと思えるアルバムは作れないって思っていた。何故なら俺はずっとクラブ向けの12インチを次から次へとリリースしていたから、セットのピークタイムにかけるようなトラックを作るという慣れ親しんだ環境から抜け出すのが嫌だったのさ。だから何か別の方向に挑戦するだけの自信を得るにはかなりの時間が必要だった。

アルバムを出すって最初に話が出た10年、12年前に俺がアルバムを作っていたら最低のアルバムになっていたと思うね。当時の12インチを聴くと「おいおい、こりゃ酷い」って思うからな。

当時は自信がなかったのかな？

間違いないね。俺は自分のことをプロデューサーだって今まで一度も思ったことがない。俺は自分のことをDJだって思っていて、制作している音楽は自分がプレイするためのDJツールだ。まぁ俺の音楽を気に入ってくれる人がいて、買ってくれたし、素晴らしいアーティストのリミックスも手掛けたが、DJツール以外を制作できる自信を持てたことはないな。ただ、ここ数年はスタジオに入る時間が長くなったし、前よりも努力しているから状況が違う。アルバムを作れると感じ始めたのはここ最近の1年半程度でしかないね。

でもピークタイム向けのグルーヴを生み出す才能はあるように思えるけどね。

当時は自分がプレイしたいもの、あとは毎週パーティーに行っていたから、そこで自分が聴きたいものを作ろうとしていたんだと思う。1988年、1989年は巨大なレイブに遊びに行っていて、当時は家にサンプラーがあったから、帰ってくるとその一晩の思い出を1つのトラックにまとめようとしたのさ。酷い出来だったけど、楽しかった。俺はずっとあの感覚を持ち続けてきたんだと思う。

俺は記憶に残るトラックを作りたいんだ。この意味わかるか？ピークタイムのビッグチューンって意味じゃないし、パーティー終わりにかけるようなトラックっていう意味でもない。ただ記憶に残るトラックを作りたいんだ。俺は長年に渡って、ただセットの途中でミックスしやすいようなトラックを作ろうとしていた。俺に才能があるかという点については何とも言えないね。そういうBen Simsスタイルではないものを作ろうとするととにかくもっと手間がかかるしな。

君の音楽は長年に渡ってループを基本としたものだったわけだけど、典型的なループの作成方法、またはネタの拾い方は？

ただ適当に昔のディスコやファンクのレコードをスタジオに持ち込んで、ベースラインとかをサンプリングして、トラックを構成していくって手法をずっと続けている。でもサンプリングCDやライブラリは大嫌いだ。あんなのただの手抜きだろ。自分が影響を受けたものや音楽を持ち込んでいるとは言えないよな。

通常はどういったネタをサンプリングするんだろう？　単音？　それともループ？

両方だ。E-muのSP1200みたいなハードウェアじゃなくてデジタルでサンプリングし始めたから、もう短い単音だけしかサンプリングできないってわけじゃない。でも面倒くさくなって誰かのレコードからごっそりサンプリングする時もあるね。昔よく使っていたディスコものからサンプリングして、その雰囲気を持ち込むようにするっていうのが理想的な作業だな。少しだけサンプリングして、トラックの中に混ぜ込んで俺以外はわからないようにする時もある。

ドラムトラックの制作方法は？

最近は昔のドラムマシーンやRolandの606、909、808をまた使うようになっていて、それらでリズムを組んでいる。でも昔のディスコものから単音を加えたりもするね。使っているのはAbletonだ。

制作はまずドラムからスタート？

以前はコンピュータやサンプラーに大量のサンプルを落とし込んでいくことから始めていた。でも最近はAbletonを使うようになったり、アイディアをフォルダで管理できるようになったりして、むしろ方法は逆だ。まずベースラインやリフから作り始める。俺は低域から作り込んでいくことに慣れているし、今でも時々その方法を取るんだが、ノイズの壁に聴こえる位までサンプルをどんどん足していって、そこから引き算しながら作っていく時が多いな。

最近はその方法が楽？

だと思うね。というのも、最近はアナログシーケンサーをまた導入していて、まぁ当時は古いKorgの奴位しか持っていなかったけど、とにかくアナログシーケンサーは変なリズムとベースラインを組み合わせるには凄く便利だ。常に使えるものが出来るってわけじゃないが、アイディアを保存しておける。俺は常にフォルダに50位のリズムパターンを保存してある。スタジオに入って、ノブを数個いじくればメイントラックとしてのベースが数分で出来上がる。1日中スタジオにいて何にもできない時もあるけどな。

メインフレーズはどうやって組み上げるんだい？

俺はキック1個を走らせて、「よし、16小節終わったら次はこうしよう」みたいに作っていくタイプじゃない。逆だな。俺はトラックの肝となるピーク部分をまず組み上げて、そこから逆算して作っていく。グルーヴィーでファンキーなリズムをまず組んで、そこから全体を組んでいくのさ。

トラック全体を走らせるにはどういう手法を用いているんだい？

大抵はフィルターだな。ハードウェアに慣れ親しんでいた当時から多用していたテクニックのひとつが、ループやドラムにアナログシンセのフィルターを通して、勝手にフィルターがかかっていく感じを出すって手法だ。これで機材が生み出したうねりをトラックに加えることができる。大抵のアナログシンセが独特のキャラクターを持っているから、俺はそこを通すだけでいい。最近この手法をまた使い出している。動きのないループやグルーヴに独特のキャラクターを加えることができるからな。

最近お気に入りのシンセは？

Access VirusのIndigoは間違いなくアルバムで重用したシンセのひとつだ。

他には？

特にないね。さっき話したDX100位か。でもこれはザラついていて、昔ながらの音で、安っぽい感じ。俺が呼ぶところの「カシオ系」って奴だ。

機材購買欲は制作活動の大きな部分を占めている？

俺が若い時に欲しくても買えなかった機材を手に入れてから欲はないね。俺は「Future Music」（イギリスの機材系雑誌）を貪り読むタイプじゃない。俺が最初に機材を買おうと思ったのは、どちらかというと「303は持っていなきゃいけない」みたいな、そういう物質主義的な欲にかられてだったな。

機材購買欲っていうのは、定期的にアップデートしたり常に最新の流行を知っている必要性に追われたりしている、テクノロジーの虜になっている連中の問題だと思うね。音楽自体やオリジナルなアイディアを生み出すことに時間をかけないで、そこを重要視しちまうんだ。俺がそうなろうとして長年苦しめられたよ…。今は自分で気に入ったスタジオを組めているし、何かを変えなきゃというよりは今あるスタジオに必要に応じて何かを付け加えて行けばいいだけだからハッピーだ。