瞑想に更けてしまうようなハウス／テクノと言えば、NewworldaquariumやRoss 154名義で知られるJoachim Peteriほど影響力のある人物はいないだろう。アムステルダムのレーベルDelsinの一員でもある彼だが、2000年にリリースされた "Trespassers"をキッカケに確立されたそのスタイルは、少し奇妙なサウンドと、どっしりしたキックドラムで構成されたシンプルなハウスグルーヴと言えよう。

Peteriのトラックには、クラブを彷彿させる要素はあまりない。2004年にリリースされたアルバム『Strike』では、彼の頭の中にあるのはクラブよりもクラウドのことだというのがよく分かる。そして彼の最強となるアルバム『The Dead Bears』は、陰湿かつ地鳴りのするようなプロダクションが勢揃いの傑作だ。

こういったアルバムを聴くと、Darran Aranofskyの映画『π』に出てくるような作業場、不気味な機材に囲まれた薄暗いスタジオを連想せざるを得ない。いや、もちろんPeteriはそんなイメージとは正反対の人柄の持ち主だ。気楽でユーモアに富んだ明るいオランダ人といった印象なのだが、彼と時間を費やすにつれて、感情的な、何か目に見えない、言葉にもできないような音がどうやって生まれてきたのか、何となく分かったのだ。今年の初め、Peteriの頭の中を少し覗かせてもらう機会があった。ベルリンのPanorama Barに出演する彼に会い、そこまでの散歩のついでにインタビューをすることになったのだ。彼の音楽の裏側に潜むパーソナルな部分について話を訊いた。

音楽を作り始めたのは90年初期ですよね？

もう20年になるね！初めてのリリースが20年前だったから。やばい、もうすっかりおじさんだなぁ。この前、20年も経っているわけがないってDiscogsを調べたら、やっぱり20年も経っていたよ。

リリースを比較的多く出しているタイプではありませんが、シーンの中に存在し続けていることを興味深く思うます。多くのアーティストはリリースに対するプレッシャーを感じている印象を受けますが、あなたも同じく感じているのですか？

ブッキングされる為という理由でリリースしないといけないって思うのは、本当にアホな考えだと思うよ。何でもかんでも合理化させようとしすぎなんだ。まぁ、スタイルによって様々だし、クラブの為の音楽作りだったら分からなくもない。だけど僕はミュージシャンという意識を持っているから、あまり合理的な考え方はしないんだ。目立つためにやれることなんて沢山あるだろうけど、本当に良いものを世に出せるかどうかが一番大切だと思うんだ。全てのアーティストにポテンシャルがあるんだけど、忍耐力がないとも言えるよね。

では、音楽だけで食べていっているんですね。

そうだね。DJをすることが多いし、それが今僕の中心になってる。だからリリースも出来ないんだ。新しく作ったトラックは、自分のDJセットに入れてその時に聴いてもらうぐらいかな。

DJって儲かりませんか？

そうだね。でもそれだと何か嫌な風に聞こえるなぁ。DJする事自体が大好きなんだ。お金の為だけではやらないよ。でも、ただ曲をかけるのではなく、やっぱり音を操りたいっていうのはあるよね。DJっていうのはエゴ・トリップだと思っているんだ。音楽を作る事はもっと広がりがあるし、色々な感情が含まれている。DJでは表現できない自分があるんだ。

あなたの音楽は、クラブというよりも日常のサウンドトラックとしての印象があります。

音楽はパーティーのためだけに存在するわけじゃないんだ。Basic Channelはパーティーだけで聴かれるものじゃない。自分自身を「すごい」と言っているわけではないよ。彼等がもし学校の先生であれば学びたいほど尊敬している。Jeff Millsも同じくね。僕の音楽はパーティーだけじゃない、でもディープでもある。それはクラブ音楽としての一面だね。シリアスな部分もあって、笑顔が消えて絶頂を感じる瞬間がとても興味深いんだ。

夜だけじゃなくて、日中にもそういった光景を伺うことができるんだ。日曜日の朝ゆっくりと起きだして、二日酔いなんだけど心地良いっていう時があるだろう？それに熱を出した時、体がぽかぽかしていて気分自体は悪いものじゃないっていうことだってあるし。『Strike』と『The Dead Bears』の違いとも言えるかな。『Strike』はより浮遊した雰囲気で、二日酔いに似ているかもね。一方の『The Dead Bears』も似たような感じだけど、もっと人間同士のコミュニケーションがあった。今はもう、その場は存在しないけどね。

では、『Strike』はより、個人的体験を出来る感じなのですか？

そうだね。自分の内部を。『The Dead Bears』はもっと開放的なイメージだね。

スタジオで作業している時の雰囲気について教えてください。椅子に座って「よし、曲を作るか」というような感じなんですか？

いや、ただ音楽を作るだけ。音を作るのが好きで、作業中の音も録音してしまったりするぐらいなんだ。でも、アレンジなんかはあまりやらないよ。一晩中、音楽を作ってサウンドを形成していく。同じようなサウンドを使った曲が３、4曲出来上がって、それらを最終的な形としてまとめあげていく。そんなもんだよ。

ジャミングの際、具体的にどういったことをされているのでしょうか？

とにかく、何百もの事を同時にやっているんだ。キックを作っている間に、もう片方の手でシンセの音を作り、圧縮作業もしている感じ。それは巨大なマシーンであり、楽器のようだとも言える。そんな形でスタジオが出来上がったし、こうあるべきだとも思っているよ。こういった音楽をやっているなら相互反応があるような音を作らないといけないと思っているんだ。

独創的的なプロセスで一番大切な事って結局、自分の人生を楽しむことだと思う。それがDJとは違い、音楽を作ることの素晴らしい点だと思っていて。人生というのは日によって本当に様々だろ？一方のクラブは、一つの場所に閉じ込められているような印象さえ受ける。別に悪いとも言っていないし、セクシャリティーや交流の場所としては、結構いいものだと思うんだ。DJとしての音楽的フォーカスはクラブカルチャーへと向けられてしまうし、9割を占める日常生活よりも、とても強烈なものになっている。インスピレーションを得る事が出来る場所でもある。だれど、クラブというものに囚われないことも良いことだと思うんだ。クラブでのギグが少ないと、自分の音楽の幅が広がっている事に気づいたりもするしね。

Brian Enoが、自分の音楽はふとした瞬間にできるというより、占領している状態から生まれるものだと言っていました。これについてどう思われますか？

う〜ん。僕は欠陥障害を持っていて、色とサウンドとの連結部分に欠陥があるんだ。

共感覚のことですか？

そのとおり。ある色とサウンドが、理論的にではないつながりを感じるんだ。僕にとってそれは色ではなく、むしろ「場所」のことを示していて。ここから来る音楽もあると思うんだ。そういう意味でBrian Enoは、ゴッドファーザーとも言えるよね。共感覚の教授とも言えるかな。

あなたの音楽はビジュアルとしてイメージできると？

そう。フィジカルなもの、場所だね。始まりも終わりも無い。入って出るだけだ。

どんな絵を思い描いているのか教えていただけますか？例えば『The Dead Bears』では？

一つの曲に一つの場所っていうわけではないよ。色々な考えがごちゃごちゃ入っているんだ。アルバムの中の曲は出来上がった期間もそれぞれ違うし。2001, 2002年に作ったアルバムだけど、それよりずっと前に作った曲も入っているよ。様々な感情や出来事を音として表現したものなんだ。ある曲は、恋しい人や、ある土地を思い出しながらして出来上がったものだったり。たまたま聴いた一風変わった音楽に出会ったときの事だったり。

イギリスで、友達と高速へとドライブしに行った時のことを覚えてるよ。車とコンクリートの地面がこすり合う「ブブーンブブーン」なんていう音をヒントに出来上がったりもしたね。周りにあるもの全てを音に取り込むんだ。ルールと言えるルールは、音色に気をつける事ぐらいだよ。テクニカルな事はあまり詳しくないんだけど。

ルールはたったそれだけですか？

ルールはリズムがあること。そしてメロディーがあって、そのメロディーは音色を持っていること。リズムは何でも良いんだけれど、ファンキーじゃないといけない。メロディーを作ったら、サウンドとリズムを調整する。あとはキック音は大きくないとね。皆分かっていることだろう？

ファンキーじゃないといけない、キック音は大きくないといけないと言いましたが、そういったものが好きだからですか？そういった音を聴くと「そうそう」と思われるのですか？

「コレが好き」というより、「あぁ、これこれ」っていう感じだよ。キックについては結構うるさいんだ。キックは僕のトレードマークの音だと思うん。すごい時間をかけるよ。独特の「言語」が好きなんだ。例えば君と話がしたい場合、言語が必要だろ？奇声を上げて交流をはかろうとはできるけど、一体それが何を意味しているのか、よくわからない。一緒に新しい言葉を作ることもできるけど、それは中々面倒くさい。もし同じようなスタイルを持っていたら、とてもスムーズに意思疎通をはかることができると思うんだ。

スタイルっていうのも言語と同じだと思っていて、一つのトラックから他のトラックへ移る反応が大好きなんだ。様々な影響をもらう事が好きだし、時には誰か他アーティスのレコードから影響されたって言われるもの嬉しいものだよね。酔っぱらって調子に乗ったりすると、「実はお前のキック音を盗んでしまったんだ」なんて言ってしまったり。

ルールなしで曲作りをするとなると？

とても寂しいものが出来ると思うよ。

"限界なんてものを越えるんだ。
そんなものは、放っておく。."

では、あなたの曲には何かしらのストーリーがあると言えますね。

人、場所、物事。時には怒りをぶつけることだってあるね。

ハウス、テクノミュージックには共通して言えることだと思いますか？

そうだろうね。聴けばわかるよ。パーティーとしての音楽やシリアスなものを越えて、音楽なんだから。プロデューサーは、シンガーやソングライターと大して変わらないよ。 DettmannやKlockのアルバムをとってみても、何が起きているのか大体想像がつくと思うよ。クラブミュージックなんだけど、曲それぞれには、色々なストーリが沢山含まれているんだ。

クラブでの経験が音楽に反映される、私からするとそれは、子供の時に車のバックシートに飛び乗るときの感覚に似ていると思うんですが。

クラブで誰かと話をしている時ほどパーソナルな事はないよ。僕たちは毎日生きていて、時に立ち止まる。昔の思い出を振り返る。覚えていないものと覚えているものがあって、覚えているものには理由が存在するから覚えている。けれど、理由もないのに覚えている出来事もあるよね。例えばそれは、日課としている散歩のとある一日だったり。昔に一気に戻ってしまう感覚はとても不思議なものだよ。

分からないなぁ。そんな事を考えるのは僕だけなのかな。何かを心の中で想像すると、昔の特定の思い出が浮かんでくるんだ。車のバックシートに乗ると旅行へ行くような気分になったり、フランスに行く途中の思い出だったり、一人で学校から自宅へ変える時の思い出だったり。

では、あなたの曲の多くは、こういった日常で起きた些細な物事が制作においての要素になっているんですね？

あぁ、もちろんだよ。自分の周りで起きた物事をすべて一つにして何かを作る。何かがないと作れないものだよ。自分の生活を「取ってくる」んだ。色々なシチュエーションやムードが、人だったりイベントを連想させたり。貧乏すぎて、色々な事に悩む時期を連想させたりね。携帯が止まってしまって、コールセンターに電話して、修理しに行ったら無駄足に終わってしまった。そう、おもしろくないよね。日常的にあることだし。海外へ行くとそれが「興味深いなぁ、こんなに怒ったことはない」っていう風になるんだ。

例えば僕の新しいレーベル Indische Buurtからは、 JT Stewartや $tinkworxのリリースもあるんだ。何がキッカケか具体的には分からないんだけど、誰かがJTを怒らせてしまって、彼は家に帰ってしまったんだ。その怒りを全て音にした曲があるんだけど、本当に素晴らしいんだ。本当に。間違いなくお気に入りの一曲だよ。普段の彼は、ものすごく優しいんだ。パイなんかを作って皆に配ったり、でも誰かが彼を怒らせてしまったみたいだね。

音楽は、あなたの「趣味」になりますか？

趣味には決してならないと思うよ。趣味として捉えようともできるけど、そう感じることはできないんだ。紛争も呼ぶだろうし、プロフェッショナルなプロデューサーとして、あってはならないんだと思う。音楽を仕事にすると闇の部分も出てきて、色々な訓練が必要だし、時間もかかるからね。

裸なんだよ。『The Dead Bears』では、骨の随まで身を削ったよ。今僕はそこにいるよ。自分の限界なんてものを超えるんだ。そんなもの放っておく。アルバムでボーカルまで自分でやったんだよ？まったく、なんてこった。でも、自分自身を表現して、しかもそれを面白い、確かなところまで持っていく。もちろん、勇気も時間も必要だけどね。