パリのホテルのロビーで立ちつくす僕。すると Dan Ghenaciaと彼の妻Sofiaがやってきた。グラスゴーで行われたCirco Locoでのパーティーから直接こちらに来てくれた夫婦は全く寝ていないという。しかし彼等から疲れを一切感じなかった。そう, Ghenaciaはクラブに一晩中いる事でも知られている。夫婦はとても幸せそうに会話をしていたし、Sofiaの作ってくれた予定表通りにツアーも行うことになったのだ。彼女は、お手製の予定表を見せてくれた。Ministry of Soundによる Dan Ghenaciaの Sound of the City Paris、Ghenaciaの新しいミックスのための撮影を行うのだ。この先6時間は彼の20年間のキャリア追う撮影で街中を歩っきぱなしになりそうだ。その後には、彼のCDのリリース記念パーティーがShowcaseというクラブで控えており、最後には誰もが話題にするアフターアワーが待っている。

そう、Sound of the City Parisというタイトルには、Ghenaciaの皮肉が込められている。彼はパリでも良く知られた存在にも関わらず、彼のスタイルがこの街にフィットしているとは必ずしも言えない。フィルターハウスとフレンチタッチがパリの音楽シーンの中心だった頃、Ghenaciaのキャリアが始まった。彼にスタイルは当時のパリで流行ったものとは違い、よりディープかつトリッピーで、アフターアワーに最適なものだった。David Guettaと共演するなど、所謂メインストリームの位置にいた彼だったが、しっくりこなかったと言う。「深夜2時くらいに大きなクラブで回すだろ、満足した事なんてなかったね。」それ以後、よりアンダーグラウンドな世界に入り込んで行った彼は、自身のレーベル Freak n' Chicを立ち上げると同時にブッキングエージェンシー Lola Edも創設し、 Jef K, Phil Weeks, Shonkyそして Dyed Soundoromなどをクライアントに持つようになった。今回のミックスのタイトルは、ひらめきから来たのだという。「元々今回のプロジェクトは、 Sound of the City: Dan Ghenacia, Paris, だったんだけれど、Dan Ghenacia's Sound of The City Parisに変更したんだ。Sの違いだけなんだけどね。」

然れどGhenaciaは彼の生まれ育った街に誇りを持っており、様々なイベントでホストを務め、音楽‘大使’としての役割を担っている。休憩時間に入るとすぐ彼はパン屋に行き、みんなにフラン、イチゴのタルトやサーモンのキッシュなどのおやつを買ってきてくれた。撮影の合間には、Beauborgでシャンパンを、その後には彼のお気に入りのレストランで、ラムとチキンのケパブまでごちそうしてくれた。ごちそうの後に彼自身が回している場所ではないがアフターアワーに連れていったくれた。「すばらしい所だよ。パリでも珍しいスポットなんだ。」

最初に撮影した場所は Syncrophoneというレコードショップで、そこで僕たちは Ghenaciaが以前にコラボレートした一人Phil Weeksと出会った。カメラの前で、彼と Ghenaciaは昔話や、ミックスにも収録されていたPhil Weeksによる曲 "It Put Me Well."についても話をしていた。タイトルそしてPhil Weeksの英語のあまりの可笑しさについて話す彼等。（ちなみに曲の内容は、ハッパを吸うこと）一方で、僕はというと店内の品揃いに目がいってしまった。ここにあるセレクションは素晴らしく、驚く事に他の街では売り切れにもなるような商品がちょこんと置いてあるのだ。 (Schatrax, LiveJam, Moodymann そして Theo Parrishの白盤など)

この店にあるようなレアレコードが Ghenaciaの初期のキャリア形成を支えた。「高校を出た後、英語を勉強するためにカリフォルニアに数ヶ月行ったんだ。一番最初に僕がした事は、地元のレコードショップを見つけること。 Mark E QuarkというSan Diego出身のDJにもそこで出会ったよ。彼は当時そこのお店で販売をしていて、友達になったんだ。僕をいつもサポートしてくれる存在でもある。彼から全てを学んだといっても過言でもないね。」Quarkそして San FranciscoからのWicked Crewが、彼のDJスタイルを形成してくれた存在だ。「ディープでミニマルなビートがあったり、ガレージ系のトラックでも何でも入れ組む人たちだよね。ディープハウスやブレイクビートも。一つのジャンルに捕われないようなスタイルなんだ。ヨーロッパでは見た事もないスタイルだったよ。」
Ghenaciaはパリにいる誰もが持っていないようなレコードコレクションをもっていた。「中古のレコードショップはフランスになかったんだ。San Diegoで20セントくらいの買ったレコードが、パリで30フランで売っていたよ。」彼が持ちかえったレコードが、彼のDJセットにとてもユニークなフレイバーを与えたのだ。「DJスキルがもの凄いわけじゃない、ただ、素晴らしいレコードを多く持っていただけだよ。」彼がパリへ戻ると、自分のショップ、Traffic Recordsを開店し、たちまちアンダーグラウンド系ハウスサウンドが手に入る店として評判を得るようになったのだ。ある日プローモータの一人にアフターアワーパティーを始めないかという誘いをもらうようになる。ベニューは Batofarという小さなターゴボートで、 Ghenaciaのキャリアのスタートともなったパーティーシリーズ Kwalityが行われるようになる。

Batofarに到着した僕たち。付近のエリアは殺伐としていて、太陽はかすかに出ているだけだった。タバコを片手に座りながら、当時の事を語ってくれた。「当初、誰もがアフターアワーを馬鹿にしていたね。」と Ghenacia。「けど、一番始めのパーティーで、これはイケるって感じたんだ。30人くらいしか人は来なかったけど、サウンドシステムが最高だった。近所に住んでいるやつらが、このパーティーの為だけに作ってくれた特注品だよ。」彼のパーティーはパリの中でも最もアンダーグラウンドだったと言える。「他のパーティーは、必ず3週間前にはフライヤーをまいていたんだ。僕たちの場合、金曜日に告知、そして翌日の土曜日にパーティーが始まっていた。」　Kwalityが始まってから、ベニュー自体も180度変わってしまったという。今日は、インディーロックバンドがサウンドチェックに入っているが、この場所は、バンドのコンサートよりもアフターアワーの方が想像しやすい。しばらくするとJef Kが娘のJadeを連れてやってきた。Jefは白いジーンズに、丸いレンズのサングラスをかけている、娘はヒョウ柄のワンピースを来ている。もう一服しながら今夜のパーティー、そして翌日のアフターパーティーについての話をする。Jefは参加しないようだ。「日曜日だろ。僕はJadeと一緒にいないといけないんだ。僕の妻にも子供がいるし。パーティーが午後からなら行きたいけど、８時からだもんな。ちょっとキツいよ。」

その後も、パリの名所を転々としながらの撮影は続いた。ポンピドゥーセンターや、パリらしい通りの数々、そして漸くL’Areaのレバノン料理レストランで、Djebaliと合流したのだ。カメラを回し終えると、 Ghenaciaがロゼのボトル数本を注文し、 David Guettaの紹介で知った Circo Locoについて話してくれた。「彼はイビザで開かれていた F*ck Me I'm Famousにフランス代表として僕を連れて行ってくれたんだ。アフターアワーパーティーをDC-10で行ったんだ。聞いたことのなかった場所だったけれど、僕にとってパーフェクトだったよ。サウンドシステムがとにかく凄いんだ。誰かが激しい曲をかけた後、例えその次にディープなトラックをつないだとしても、うまく繋がるんだよ。」
Dyed SoundoromがGuettaの為に F*ck Me I'm Famousのプロモーションを行っていた 10年前のその当時から、彼と Ghenaciaは一緒に何年も活動を共にしていた。最終的に Soundoromは、 Ghenacia の作った最初のレーベルでもあるFreak n' Chicにてファーストシングルをリリースするまでにも至ったのだ。しかし残念ながら彼のレーベルは失敗に終わってしまった。「あるとき、投資家やビジネスマンからレーベルの引き合いがあったんだ。彼等とは違った考えでもあって最終的にはレーベル自体無くなってしまったけどね。」現在、 Ghenaciaは SoundoromtoそしてShonkyと共に新しいレーベル Apolloniaを始めた。 Princeのバックアップシンガー Apollonia 6から名前を取ったという。「Princeの真似はしたくないんだけれど、彼が持つミネアポリスのサウンドのアイディアからインスピレーションを受けたんだ。彼が作り出したミネアポリスのサウンドをね。P-FunkとNew Waveの合体だ。それこそ僕たちがやりたい事なんだ。ブラックミュージックとホワイトソウルの融合だよ。’

CDのリリースパーティーは Ghenaciaとパリという街の関係をパーフェクトに表現した例だと僕は感じた。ショーケースは、 DC-10からは遠かったが、シャンゼリゼの橋に挟まれたエッフェル塔からも近いワインバーで、どこかしらレイブ感漂う場所だった。常連客であろう人たちはフリークというよりも、シックな印象。14ユーロもする、飲んだら一発でのびてしまうようなカクテル、これからリリースパーティーが始まるとは知らずに来た人ばかりだろう。喫煙所に隠れていたGhenaciaがゲストリストに入れた友人以外知っているような人はいない事も教えてくれた。どうなることやらと思ったイベントも夜が深くなるにつれて盛り上がり、結局朝の６時まで続いた。

アフターアワーになった途端、パリは全く違った雰囲気を見せ始めた。Batofarにも似ていて、ドッキングボードよりも大きく、ごみごみした雰囲気の場所だ。ここで開催されていたのがTwstedという新しいパーティーの第二弾目だ。船の外には、これまたレイブ好きの若者で溢れかえっていて、エントランスもめちゃくちゃだ。誰かがこんな事まで言っていた。「ロンドンには８人くらい用心棒みたいなのがいるけど、パリではブラもつけていないような、クレイジーな女の子3人くらいがエントランスにいるだけよ。」船の中に入る。パーティーは素晴らしいものだった。Seuilと他のDJたちが2階のダンスフロアで回している。テックハウスの曲が続く中、Omar-Sの "Day"が流れる。ちょっとキザと感じる人もいるかもしれないが、太陽が雲の中から出てきたあの瞬間にぴったりな曲だった。

群衆の中から男が出てくるのが見えた。とても酔っぱらっていてた彼は、この曲が一体何なのか自分に話かけながら、僕の方に寄ってきた。まるで何時間も討論した相手に話しているような口調で、こう言ってきた。「いいか、よく聞け、酒が飲みたいんだろう、だったら飲め！」ウォッカが入ったボトルとオレンジジュース1カートンをくれた。Bar25を思い出させるようなギラギラした、活気づいた雰囲気を醸し出していた。大量の紙吹雪を持ち出して、それを吹き飛ばすような人もいて、近くの橋からそれを不思議そうに見る人を僕は目の当たりにした。

Ghenaciaが僕をここに呼んでくれた理由もよくわかった。パリには何か特別な事が色々と起こっているみたいだ。 Subb-anと Sammy Deeにもイベントで出くわしたが、両者ともパリのシーンはクールなものになってきていると言っていた。 Subb-anはここ２ヶ月で3回も招待されており、昨夜はパリ某所のウェアハウスパーティーでプレイしたという。午後８時に終わる予定だったのが、 Sammy Deeの出番は突如午後の10時になったという。Ghenaciaに言わせれば、パリではこのような事が日常茶飯事らしい。「パリは、こういった文化なんだよ」そういうと彼は、デッキに手を置き、あの曲をかけた。そう、午後に聞いたあの曲だ。 Dan Ghenaciaの Sound of the Cityは間違いではなかった。